24.鉄血将軍ギガン
「……アレク様。北の街道より、多数の熱源が接近中。その数、五千を超えます」
醤油と冷奴の宴から数日後。 見張り台に立っていたセリアが、青ざめた顔で報告に飛び込んできた。 彼女の手には望遠鏡が握られているが、それが震えているのが見て取れる。
「五千だと? 盗賊団にしては数が多すぎるな」
俺は作業の手を止め、眉をひそめた。 ガレの領民は、コボルトを含めても五百人程度。十倍の戦力差だ。
「盗賊ではありません。あの旗印……『黒地に紅の竜』。隣接する軍事大国、ガリア帝国の正規軍です!」
ガリア帝国。 大陸の北半分を支配する覇権国家だ。「力こそ正義」を国是とし、圧倒的な武力で周辺諸国を飲み込んできた戦闘民族の国。 実家の辺境伯領など目もくれず、真っ直ぐにこのガレを目指してきているということは、狙いは明白だ。
「俺たちの『食料生産能力』と『土木技術』がバレたか」
俺は舌打ちした。 王女がお忍びで来たことで、ガレの噂は大陸中に広まってしまったらしい。 飢えた国々にとって、ここは垂涎の的だ。
「どうしますか? 迎撃しますか? コボルト工兵隊の投石なら、ある程度は……」
セリアが悲壮な覚悟で剣に手をかける。
「よせ。相手はプロの軍隊だ。コボルトたちを殺したくないし、せっかく作った水田を戦場にするのも御免だ」
俺は立ち上がり、腰のポーチ(おにぎり入り)を確認した。
「俺が出る。話をつけてくる」
◇
ガレの領境、乾いた荒野。 地平線を埋め尽くすように展開した軍勢の前に、俺はたった一人で立っていた。
先頭には、巨大な地竜に跨った一人の男がいる。 身長は二メートルを超えているだろうか。全身を漆黒のフルプレートアーマーで固めているが、そこからはみ出す筋肉の盛り上がりが、鎧が悲鳴を上げているように見える。
「我が名はガリア帝国第三軍団長、『鉄血』のギガン! この地の長は貴様か、ひ弱そうな小僧!」
ギガンの大音声が、ビリビリと大気を震わせる。 兜の奥から覗く眼光は、猛獣そのものだ。
「いかにも。ガレ村長の、アレクだ」
俺が名乗ると、ギガンは鼻で笑った。
「村長だと? ふん、情報ではここには『失われた古代技術』を持つ魔導師がいると聞いていたが……出てくるのは農民一人か。拍子抜けだ」
彼は巨大な戦斧を俺の鼻先に突きつけた。
「単刀直入に言う。この領地は本日をもってガリア帝国が接収する。我らの目的は、貴様らが隠し持つ『大量の食料』と『城壁を作る技術』だ。大人しく降伏すれば、農奴としての命は保証してやる」
典型的な侵略者のセリフだ。 背後の兵士たちも殺気立っている。彼らの装備は傷だらけだが、目は飢えていた。食料事情が悪いのは、この大国も同じらしい。
「断る、と言ったら?」
「愚問だな。踏み潰すまでだ。我が精鋭『鉄竜騎兵団』の前では、貴様の作った石壁など紙切れに等しいわ!」
ギガンが腕を振り上げる。 五千の兵が一斉に鬨の声を上げる。 一触即発。
だが、俺は動じずに、ニッコリと笑った。
「まあ待て、将軍。戦うのはいつでもできる。だが、その前に一つ聞きたい」
「なんだ? 命乞いか?」
「いや。……アンタたち、腹は減ってないか?」
俺の問いに、ギガンが怪訝な顔をする。 俺は風向きを計算して、背中に隠していた「あるもの」を取り出した。
鍋だ。 カセットコンロ(魔石式コンロ)に乗せられた、熱々の土鍋。 蓋を開けた瞬間、戦場に異質な香りが広がった。
焦がしたような香ばしさ。豆の甘み。そして、強烈な食欲をそそる塩気。 味噌と出汁の香りだ。
グゥゥゥゥ……。
ギガンの腹から、雷鳴のような音が響いた。 彼だけでなく、最前列の兵士たちの腹も一斉に鳴った。
「な、なんだこの匂いは……!? 嗅いだことがないが、猛烈に……腹が減る匂いだ!」
ギガンが動揺して手綱を引く。地竜までもが鼻をヒクつかせている。
「戦をするにも腹ごしらえが必要だろう? 俺からの歓迎の印だ。……どうだ? 俺の領地を潰す前に、一杯やっていかないか?」
俺は鍋の蓋を盾のように掲げた。 暴力には暴力で対抗しない。 農家には農家の戦い方がある。これは「飯テロ」という名の防衛戦だ。




