22.納屋の魔女裁判
「……アレク様。ついに、気が触れてしまわれたのですね」
ガレの領地、新たに建設された「発酵小屋」。 その薄暗い部屋の中で、セリアが涙目で俺を見つめていた。 彼女の手は剣の柄にかかっている。まるで、目の前の「怪物」を斬るべきかどうか迷っているかのように。
「違うぞセリア。俺は正気だ。むしろ、かつてないほど冷静かつ論理的に『調理』を行っている」
「嘘です! だって、見てください! その……おぞましい物体を!」
セリアが指差した先には、木箱に広げられた大量の蒸し大豆があった。 だが、それはただの大豆ではない。 表面がびっしりと、毒々しい黄緑色の毛に覆われているのだ。
「ああ、いい育ち具合だ。このフワフワした胞子、愛おしいだろう?」
俺はカビだらけの豆を愛おしげに撫でた。 これは「麹」だ。 稲穂に付着していたコウジカビを採取し、蒸した米で培養し(米麹)、それを大豆に植え付けたもの。和食の心臓部とも言える菌の芸術品である。
「ひぃぃっ! 触った! アレク様がカビを触りましたわ!」
セリアが悲鳴を上げて後ずさる。 窓の外から覗いていたコボルトたちも、耳を伏せて震えている。
「旦那様が……毒を作ってるワン……」 「あれはきっと、敵国に撒く呪いの粉だワン……」
無理もない。 冷蔵庫もなく、食中毒が命取りになるこの世界において、「カビが生えた食べ物」は絶対的なタブーだ。即座に焼却処分すべき汚物である。 堆肥の時も揉めたが、今回は「人間が食べるもの」にカビを生やしているのだから、彼らの恐怖は倍増している。
「みんな、よく聞け。これは腐敗じゃない。『発酵』だ」
俺はいつもの講釈を垂れた。
「この緑色の粉は、コウジカビという小さな職人たちだ。彼らは大豆のタンパク質を分解し、人間が感じる『旨味(アミノ酸)』に変えてくれる。毒どころか、これは薬にもなるんだぞ」
「信じられません……。腐った豆を食べるなんて、オークでもやりませんよ……」
セリアはまだ疑いの眼差しを向けている。 だが、俺は止まらない。 木箱から麹大豆を取り出し、塩水が入った大きな木樽の中に次々と投入していく。
「これを塩水と一緒に寝かせる。名付けて『諸味』だ。このまま半年から一年、じっくりと熟成させる。そうすれば……」
俺は樽の蓋を閉め、重石を乗せた。
「色が黒く変わり、芳醇な香りを放つ『魔法の調味料』に生まれ変わる」
「黒く……!? 泥水みたいになるってことですか? ううっ、想像しただけでお腹が痛いです……」
セリアが口元を押さえる。 完全にドン引きされている。だが、俺は確信していた。 完成した暁には、この樽の前で「いい匂い〜!」とヨダレを垂らす彼女の姿が見えると。
「待ってろよ。お前たちの舌を、二度と元の食事に戻れないように改造してやるからな」
俺は薄暗い小屋の中で、マッドサイエンティストのように笑った。




