表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/48

22.納屋の魔女裁判

「……アレク様。ついに、気が触れてしまわれたのですね」


ガレの領地、新たに建設された「発酵小屋」。 その薄暗い部屋の中で、セリアが涙目で俺を見つめていた。 彼女の手は剣の柄にかかっている。まるで、目の前の「怪物」を斬るべきかどうか迷っているかのように。


「違うぞセリア。俺は正気だ。むしろ、かつてないほど冷静かつ論理的に『調理』を行っている」


「嘘です! だって、見てください! その……おぞましい物体を!」


セリアが指差した先には、木箱に広げられた大量の蒸し大豆があった。 だが、それはただの大豆ではない。 表面がびっしりと、毒々しい黄緑色のカビに覆われているのだ。


「ああ、いい育ち具合だ。このフワフワした胞子、愛おしいだろう?」


俺はカビだらけの豆を愛おしげに撫でた。 これは「こうじ」だ。 稲穂に付着していたコウジカビを採取し、蒸した米で培養し(米麹)、それを大豆に植え付けたもの。和食の心臓部とも言える菌の芸術品である。


「ひぃぃっ! 触った! アレク様がカビを触りましたわ!」


セリアが悲鳴を上げて後ずさる。 窓の外から覗いていたコボルトたちも、耳を伏せて震えている。


「旦那様が……毒を作ってるワン……」 「あれはきっと、敵国に撒く呪いの粉だワン……」


無理もない。 冷蔵庫もなく、食中毒が命取りになるこの世界において、「カビが生えた食べ物」は絶対的なタブーだ。即座に焼却処分すべき汚物である。 堆肥コンポストの時も揉めたが、今回は「人間が食べるもの」にカビを生やしているのだから、彼らの恐怖は倍増している。


「みんな、よく聞け。これは腐敗じゃない。『発酵』だ」


俺はいつもの講釈を垂れた。


「この緑色の粉は、コウジカビという小さな職人たちだ。彼らは大豆のタンパク質を分解し、人間が感じる『旨味(アミノ酸)』に変えてくれる。毒どころか、これは薬にもなるんだぞ」


「信じられません……。腐った豆を食べるなんて、オークでもやりませんよ……」


セリアはまだ疑いの眼差しを向けている。 だが、俺は止まらない。 木箱から麹大豆を取り出し、塩水が入った大きな木樽の中に次々と投入していく。


「これを塩水と一緒に寝かせる。名付けて『諸味もろみ』だ。このまま半年から一年、じっくりと熟成させる。そうすれば……」


俺は樽の蓋を閉め、重石を乗せた。


「色が黒く変わり、芳醇な香りを放つ『魔法の調味料』に生まれ変わる」


「黒く……!? 泥水みたいになるってことですか? ううっ、想像しただけでお腹が痛いです……」


セリアが口元を押さえる。 完全にドン引きされている。だが、俺は確信していた。 完成した暁には、この樽の前で「いい匂い〜!」とヨダレを垂らす彼女の姿が見えると。


「待ってろよ。お前たちの舌を、二度と元の食事に戻れないように改造してやるからな」


俺は薄暗い小屋の中で、マッドサイエンティストのように笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ