20.蒼白の王女、イリス
「どけ! 道を開けろ! 王女殿下の御成りだぞ!」
ガレの領地に、王家の紋章を掲げた白亜の馬車が滑り込んできた。 周囲を固めるのは、王室近衛騎士団。精悍な騎士たちが、殺気立った目で周囲を警戒している。
俺は作りたてのおにぎりを頬張るのを中断し、作業着(泥だらけのツナギ)のまま出迎えた。 隣のセリアは慌てて口元の米粒を拭い、騎士の礼をとっている。
「……出迎えご苦労。ここが『ガレ』か」
馬車から降りてきたのは、執事服を着た初老の男だった。 その表情は焦燥に満ちている。
「単刀直入に言う。イリス王女殿下が、この土地の空気を吸いたいと仰せだ。だが、殿下のお体は限界に近い。粗相があれば即刻首を刎ねる」
「わかった。案内してくれ」
俺が頷くと、馬車の扉がゆっくりと開かれた。
中から現れた少女の姿を見て、セリアが息を呑んだ。 豪奢なドレスに身を包んでいるが、その体は枯れ木のように痩せ細っていた。肌は透けるほど白く、目の下には濃い隈がある。 年齢は14、5歳だろうか。本来なら愛らしいはずの顔立ちは、生気を失い、幽霊のようだった。
「……ここが、噂の……」
王女イリスの声は、消え入りそうなほど弱い。
「空気が……美味しい、わ……」
彼女はフラフラと馬車を降りようとして、足をもつれさせた。
「殿下!」
執事が支えようとするが、それより早く俺が手を差し伸べた。 彼女の手首を掴む。 冷たい。氷のようだ。そして、脈が乱れている。
(……これは、拒食症か? いや、違う)
農家としての観察眼が、彼女の体の異常を見抜いた。 彼女の体内には、未消化の不純なマナがヘドロのように蓄積している。
「『魔力中毒』だな」
俺が呟くと、執事がギョッとして俺を見た。
「な、なぜそれを……! 王室医ですら原因を特定できなかったのに!」
「見ればわかる。魔法で無理やり急成長させた野菜や肉ばかり食べてきたんだろう? あれには植物が吸収しきれなかった過剰なマナが残留している。普通の人間なら排出できるが、王族のように魔力感受性が高い人間には、それが毒になるんだ」
俺はイリス王女を抱きかかえた。軽い。羽毛布団を持っているようだ。
「体が本能的に『これ以上、毒(魔法食材)を入れるな』と食事を拒否している状態だ。このままじゃ衰弱死するぞ」
「そ、そんな……! ではどうすれば!」
執事が悲痛な声を上げる。 俺は王女を抱えたまま、屋敷(ボロ小屋)へと歩き出した。
「解毒が必要だ。……俺の作った『飯』を食わせる」
「は? 飯、ですか?」
「ああ。魔法を使わず、大地の力だけで育った『純粋な命』だ。それなら体が受け付けるはずだ」
◇
一方その頃。 ガレの入り口付近では、別の騒ぎが起きていた。
「通せ! ワシはアレクの父親だぞ!」
父バルドルと弟ライル、そして徴税官ガストンを含む実家の面々が、王女の馬車を追いかけてやってきたのだ。 彼らの馬車には、実家の農園で採れた「最高級(と彼らが信じている)魔法野菜」と、焼きたてのパンが山積みされていた。
「王女様がガレなんぞに用があるはずがない! きっと道に迷われたのだ! ワシらの野菜を献上すれば、必ずお喜びになる!」
バルドルは必死だった。 実家の財政は破綻寸前。ここで王家に恩を売り、援助を引き出さなければ破滅だ。
「おいアレク! どこだ! 王女様をあんな薄汚い小屋に連れ込むとは何事だ!」
近衛騎士たちに制止されながらも、バルドルたちは強引に屋敷の庭へと侵入してきた。 その手には、不自然に巨大で色の濃いニンジンや、カチカチに硬いパンが握られている。
「チャンスだ父上! 僕たちの野菜を食べさせれば、アレクの作った泥臭い野菜なんてメじゃないって証明できるよ!」
愚かな親子は、自分たちが手に持っているのが「猛毒」であることに気づいていなかった。




