19.回転する文明開化
アイアンサイドの黒鉄工房。 相変わらず熱気が充満する中、ガンテツ親父は俺の持ち込んだ図面を見て、眉間のシワを深くしていた。
「……千歯扱き、だと?」
「そうだ。櫛の化け物みたいな形だろ? この鉄の歯の間に稲を通して引っ張ることで、籾だけを効率よく落とすんだ」
俺は熱弁を振るう。 手作業で稲から籾を外すのは重労働だ。だが、この千歯扱きがあれば作業効率は十倍になる。江戸時代の発明だが、異世界ではオーバーテクノロジーだ。
「こっちは単純な構造だ。問題はこっち。『もみすり機』だ」
俺はもう一枚の図面を広げた。 二つの巨大な円盤(臼)を重ね合わせ、微妙な隙間を開けて回転させる構造図だ。
「この隙間に籾を通す。隙間が狭すぎれば米が砕けるし、広すぎれば殻が剥けない。ミクロ単位の精度が必要だ。しかも動力は水車を使うから、ギアの噛み合わせも要る」
ガンテツは腕を組み、しばらく唸っていたが、やがてニヤリと笑った。
「また面倒な注文を持ってきやがって。……だが、面白い。ただ硬いだけのクワより、こういう繊細なカラクリのほうが職人の腕が鳴るわい」
「できるか?」
「愚問だな。わしを誰だと思っている」
ガンテツはハンマーを持ち上げた。
「水車の回転を動力に変換するシャフトには、摩擦に強いオリハルコンを少し混ぜてやる。一万年回しても壊れんぞ」
「過剰品質で最高だ。頼んだぞ!」
◇
数日後。 ガレの北部に建設された巨大水車小屋の中に、ガンテツ特製の「自動精米システム」が設置された。 水路の水流を受けて水車がゴトン、ゴトンと回り、その動力がギアを通じて石臼(ゴムがないので特殊な木材と石で作った)に伝わる。
「よし、試運転だ! コボルト隊、投入!」
「ワンッ!」
ボルグ長老の合図で、収穫して乾燥させておいた「ノコギリ草の実」が投入口に入れられる。
ゴリゴリゴリ……。 低い音が響き、排出口からサラサラと中身が出てくる。 籾殻と玄米が混ざった状態だ。そこに、水車の風圧を利用した「唐箕」の風が吹き付ける。 軽い籾殻は吹き飛び、重い玄米だけが下の桶に落ちる仕組みだ。
「おおぉぉ……!」
セリアとコボルトたちが歓声を上げる。 桶の中に溜まっていくのは、薄茶色の宝石――玄米だ。さらにそれをもう一度ついて白米にする。
「これが……あのご飯粒……?」
セリアが桶の中を覗き込む。 そこにあるのは、白く輝く米粒。
「成功だ……」
俺は感無量でその米を掬い上げた。 まだ品種改良前で粒は少し小さいが、十分に食える。いや、美味いはずだ。
「よし、すぐに炊くぞ! 釜を準備しろ!」
◇
屋敷の台所。 土鍋(これも地元の粘土で焼いた)の蓋が、カタカタと音を立てている。 吹きこぼれる粘り気のある泡。 そして、部屋中に充満する、甘く、どこか懐かしい香り。
「いい匂いです……。パンを焼く匂いとも、スープの匂いとも違う、幸せな香り……」
セリアがゴクリと喉を鳴らす。 コボルトたちも窓の外から鼻をヒクつかせて覗いている。
「よし、蒸らし完了。開けるぞ」
俺は厳かに蓋を取った。
パァァァァッ!
真っ白な湯気と共に、輝く銀シャリが姿を現した。 一粒一粒が立ち、艶やかな光を放っている(これを『カニ穴』と言うんだ)。
「これが……米……」
俺は茶碗によそい、まずは何もつけずに一口運んだ。
ハフッ、ハフッ。 噛みしめる。 表面は張りがあり、中はモチモチ。噛むほどに広がるデンプンの甘み。 異世界のマナを含んでいるせいか、地球の米よりも生命力を感じる味だ。
「……美味いッ!」
俺の目から自然と涙がこぼれた。 これだ。俺はこれを求めていたんだ。
「セリア、手を出せ」
「は、はい」
俺は熱々のご飯を手に取り、塩をまぶして握った。 具も海苔もない。ただの塩むすび。だが、これこそが米の味を極限まで引き出す調理法だ。
「『おにぎり』だ。食ってみろ」
セリアは両手でそれを受け取り、恐る恐る口に運んだ。 パクッ。
モグモグ……。
彼女の動きが止まる。 そして、目が見る見るうちに見開かれ、頬が紅潮していく。
「んんっ!? 美味しい……! なんですかこれ、噛めば噛むほど甘くなります! パンみたいにパサパサしてないし、水気がたっぷりで……飲み込むのがもったいないくらい!」
「だろ? これが俺たちの新しい主食だ」
「おかわり! アレク様、おかわりください!」
普段は礼儀正しいセリアが、我を忘れて茶碗を突き出してくる。 窓の外ではコボルトたちが「ズルいワン!」「俺たちにも食わせろワン!」と暴動寸前だ。
「ははは、全員分あるぞ! 今日は米祭りだ!」
こうして、ガレの領地に「米食文化」が爆誕した。 だが、この平和な食事風景は、一人の来訪者によって破られることになる。
「た、大変ですアレク様!」
コボルトの偵察隊が、息を切らせて飛び込んできた。
「王都の方角から、ものすごい豪華な馬車が来るワン! 実家の紋章じゃない……あれは『王家』の紋章だワン!」
「……王家だと?」
俺はおにぎりを頬張りながら、眉をひそめた。 ついに来たか。 俺たちの「異常な農業」を嗅ぎつけて、国のトップが動き出したのだ。
だが、俺はまだ知らなかった。 その馬車に乗っているのが、視察団などではなく、今にも餓死しそうな一人の少女――この国の王女であることを。




