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18.湿地帯の嫌われ者

水道橋の完成から数週間。 ガレの領地は、劇的な変化を遂げていた。


コンクリート製の水路から絶え間なく供給される雪解け水は、乾いた大地を潤し、作物の生育エリアを飛躍的に広げていた。 コボルトたちが整備した畑には、カブだけでなく、大豆や小麦(品種改良中の試験栽培)の緑が風に揺れている。


「平和ですね、アレク様」


巡回中のセリアが、目を細めて風景を眺める。 彼女の装備はすっかり板についた「農作業用軽装鎧(泥汚れ防止加工)」だ。


「ああ。食料自給率も安定してきた。コボルトたちの住居も足りている。……だが、俺にはまだ足りないものがある」


「まだあるのですか? これ以上何を?」


「主食だよ、セリア。パンもいいが、俺の魂はもっと白くて、モチモチした『銀シャリ』を求めているんだ」


俺はため息をついた。 前世、日本人として死んだ俺にとって、ライスへの渇望は呪いに近い。 夢にまで見るのだ。炊きたての白いご飯に、味噌汁と焼き魚。あるいはシンプルに塩むすび。それがない人生なんて、画竜点睛を欠くにも程がある。


「銀シャリ……? またアレク様の妄想食材ですか」


「妄想じゃない。必ずどこかにあるはずなんだ。この世界のマナの質は地球に似ている。なら、イネ科の植物だって自生しているはず……」


俺はブツブツと呟きながら、水路の末端、まだ手付かずの「北の湿地帯」へと足を踏み入れた。 そこは水はけが悪く、ジメジメとした沼地が広がっているエリアだ。


「危ないですよ。そこは『ノコギリ草』の群生地です。葉が鋭くて、鎧の隙間から肌を切られます」


セリアが警告する。 彼女の指差す先には、腰の高さまで伸びた雑草の群れが、風にざわめいていた。 黄色く枯れかけた、ボサボサの草だ。


「ノコギリ草か。確かに葉が鋭いな。……ん?」


俺は何気なくその草に近づき、垂れ下がっている穂先を手に取った。 黄金色をした、小さな粒がびっしりとついている。


(……まさか)


心臓が早鐘を打つ。 俺は震える指でその粒をむしり取った。 硬い。トゲのようなのぎがある。 指の爪で、その硬い殻をカリカリと剥いてみる。


ポロッ。


殻の中から現れたのは、半透明で白濁した、楕円形の小さな粒。


「…………ッ!!」


俺はそれを口に放り込み、ガリッと噛み砕いた。 硬い。生だから当然だ。 だが、口の中に広がる微かな澱粉の甘みと、この懐かしい香り。


間違いない。 多少品種改良が必要な原種に近い形だが、これは紛れもなく――。


「ジャポニカ米だ……!!」


俺は湿地帯の中心で絶叫した。 セリアがビクリとして剣を構える。


「敵襲ですか!?」 「違う! 米だ! ご飯だ! おにぎりだぁぁぁッ!」


俺は狂ったように雑草(稲)を抱きしめた。 チクチクする葉が頬に刺さるが、そんなことはどうでもいい。 宝の山だ。ここ一帯に生えている「ノコギリ草」は、すべて黄金の稲穂だったのだ。


「……アレク様、落ち着いてください。それはただの雑草です」


セリアが困惑顔で説明する。


「その草の実は殻が硬すぎて、煮ても焼いても食べられません。鳥すら吐き出すので『鳥不孝とりふこう』とか、食べると腹を壊すので『腹切り草』なんて呼ばれている厄介者ですよ」


なるほど。 この世界には「脱穀」と「籾摺り」の技術がないのか。 籾殻ごと食べようとすれば、当然消化不良を起こすし、口当たりも最悪だろう。だから食用とみなされず、雑草扱いされてきたわけだ。


「もったいない! 人類史における最大の損失だぞ!」


俺は立ち上がり、鼻息荒く宣言した。


「セリア、コボルトたちを呼べ! この湿地帯をすべて『水田』に変える! そして俺はガンテツのところへ行く!」


「えっ、また変な道具を作るのですか?」


「ああ。この硬い殻を剥いて、中身の宝石を取り出すための『魔法の箱』を作るんだ!」

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