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15.泥棒貴族の視線

場面は変わり、王都にほど近いグラナード辺境伯領。 豪奢なはずの領主の館は、どんよりとした空気に包まれていた。


「……なんだこのスープは」


当主バルドル・グラナードは、食卓に置かれた皿を睨みつけた。 そこにあるのは、茶色く濁った泥水のようなスープと、黒く萎びたパンのみ。


「申し訳ありません、旦那様。近隣の村からの徴税が……その、ほとんど集まらず。市場でも野菜が高騰しておりまして……」


執事が震えながら言い訳をする。 今年の不作は深刻だった。魔法による強制栽培のツケが回り、領内の農地はほぼ壊滅。貯蔵していた食料も底をつきかけていた。


「ふざけるな! ワシは辺境伯だぞ! なぜこんな平民以下の食事をせねばならんのだ!」


ガシャァン! バルドルが皿を払い落とす。スープが絨毯に染みを作るが、誰も片付けようとしない。使用人たちも空腹で動けないのだ。


「父上、落ち着いてよ。お腹が減るのはみんな同じさ」


次男のライル(アレクの弟)が、気だるげに爪を研ぎながら口を開いた。 彼の頬も以前よりこけているが、その目は異様な光を帯びていた。


「それより、面白い話を聞いたんだ。……アレク兄さんのことだよ」


「アレクだと? あの役立たずの名前なぞ聞きたくもない」


「それがさ、生きてるらしいんだ。それどころか、あいつの領地『ガレ』だけは、見たこともないほど巨大な野菜が採れて、王都の商人が列をなしているんだって」


「……は?」


バルドルが動きを止めた。


「馬鹿な。あそこは岩だらけの死に地だぞ。魔力のないあいつに何ができる」


「それがね、噂じゃ『秘密の魔道具』を使ってるらしいよ。何でも、泥を黄金に変える錬金術の秘宝だとか、失われた古代文明の遺産だとか」


ライルがニヤリと笑う。もちろん、根も葉もないデマだ。アレクがやっているのはただの堆肥作りと土木工事だ。 だが、追い詰められた人間は、自分に都合のいい情報を信じたがる。


「そうか……! やはりそうか!」


バルドルがバンと机を叩いて立ち上がった。


「あやつめ、そんな宝を隠し持っていたからこそ、廃嫡されても平然としていたのだ! 我が家の財産を盗んで逃げたに違いない! 恩知らずの泥棒め!」


彼の論理は破綻していた。だが、今の彼にとって「アレクが成功している」という事実は、「何らかのズルをしている」という結論以外あり得なかった。 そうでなければ、魔法を信じて失敗した自分たちが馬鹿に見えてしまうからだ。


「父上、どうする? このままだと僕たち、飢え死にしちゃうよ?」


「決まっている。奪い返すのだ。あれは本来、我がグラナード家の資産だ」


バルドルは執事を呼びつけた。


「おい、ガストンを呼べ! 徴税官のガストンだ!」


ガストン。 その名を聞いて、執事が青ざめた。 彼は領内でも悪名高い取り立て屋だ。腕っぷしの強い私兵団を率い、払えない農民からは娘や家財を根こそぎ奪っていく、ハイエナのような男。


「ガストンに兵を預け、ガレへ向かわせろ。名目は『実家への緊急援助要請』……いや、『滞納している税の徴収』だ」


バルドルは歪んだ笑みを浮かべた。


「ガレは辺境伯領の飛び地だ。つまり、あそこの収益はワシのものだ。売上の9割……いや、野菜も、その魔道具も、全て没収してこいとな!」


   ◇


数日後。 ガレの領地に、不快なひづめの音が響き渡った。


完成したばかりの水道橋から水が流れ出し、畑に歓声が上がっていたその時。 南の街道から、土煙を上げて一台の馬車と、武装した騎兵十数騎が現れたのだ。


「……来たか」


俺は水道橋の上から、その行列を見下ろした。 先頭を行く馬車には、グラナード家の紋章。だが、その掲げられ方は明らかに「客」のものではなく、「占領軍」のそれだった。


「アレク様、あれは……実家の私兵団です」


隣に立つセリアが、険しい表情で剣の柄に手をかける。


「しかも、あの先頭にいる男……ガストンです。金のためなら何でもやる、古狸ふるだぬきのような男です」


「知ってるよ。子供の頃、俺の小遣いを『管理費』だとか言って巻き上げていったクソ野郎だ」


俺はニヤリと笑ったが、目は笑っていなかった。 彼らが何をしに来たのか、想像に難くない。 こちらの成功を聞きつけ、ハイエナのように集ってきたのだ。


「ボルグ長老!」


俺は現場の下にいるコボルトの長に声をかけた。


「客人がお見えだ。だが、どうやら礼儀を知らない連中らしい」


「ワン! 承知しましたダ! ……追い返しますか?」


ボルグが唸り声を上げ、周囲のコボルトたちが一斉にツルハシやシャベルを構える。彼らの筋肉は、今や岩盤をも砕く凶器だ。


「いや、まずは話を聞こう。……たっぷりと『お土産』を渡してやらなきゃならんからな」


俺は水道橋を降り、ゆっくりと彼らの前へ歩み出た。 背後には、ミスリルの剣を抜いたセリアと、殺気立った五十匹のコボルト工兵隊。 そして頭上には、轟々と水を流すコンクリートの巨塔。


さあ、開戦だ。 魔法しか知らない古い権力と、科学と泥で武装した新しい勢力。 どちらが本当に強いのか、教えてやる時が来た。

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