14.犬工兵と鉄骨、そしてローマの夢
「……なんだこりゃあ」
アイアンサイドから呼び出された伝説の鍛冶師ガンテツは、目の前の光景を見て口をあんぐりと開けていた。
ガレの北部に広がる谷。 そこには、灰色をした巨大な「人工の岩」が、天に向かって整然と積み上げられていた。いや、積み上げられたのではない。まるで巨人が泥遊びをしたかのように、継ぎ目のない一本の巨大な柱が、谷底からそそり立っているのだ。
「これが『こんくりーと』だかいう代物か? 触り心地は石だが、冷たさと硬さは鉄に近い。……気味が悪いほどカチカチだ」
ガンテツがハンマーで柱を叩く。カィィン、と高く澄んだ音が響いた。
「驚くのはまだ早いぜ、親父さん。俺がアンタを呼んだのは、自慢するためじゃない。このコンクリートを『最強』にするために、アンタの鉄が必要なんだ」
俺は地面に広げた設計図を指差した。 そこには、コンクリートの柱の中に埋め込む「鉄の骨組み」――鉄筋の構造図が描かれている。
「コンクリートは『押しつぶされる力(圧縮)』にはめっぽう強い。だが、『引っ張られる力(引張)』には弱いんだ。地震や横揺れが来れば、パキッと割れる可能性がある」
「ふむ……。だから、粘りのある鉄を芯に入れることで、引っ張る力にも耐えられるようにする、と?」
ガンテツが顎髭を撫でながら図面を睨む。流石は天才職人、理解が早い。 鉄筋コンクリート(RC造)。 圧縮に強いコンクリートと、引張に強い鉄筋。二つの素材が組み合わさることで、物理的強度は飛躍的に向上する。
「この柱の上に、水を流す巨大な橋を架ける。何百年経っても崩れない、永久不滅の水道橋だ。そのための『骨』を打ってくれ」
俺の注文に、ガンテツはニヤリと笑った。
「面白い。武器以外の鉄を打つのは久しぶりだが……小僧の設計図はいつもワクワクさせてくれるわい!」
◇
そこからは、まさに「祭り」だった。
「オラオラァ! 型枠を持ってこいワン!」 「セメント練りあがったワン! 流し込めーッ!」
現場を支配していたのは、あの餓死寸前だったコボルトたちだ。 アレク印の野菜を食べて完全復活した彼らは、もはや別の生物だった。 盛り上がった上腕二頭筋、ツヤツヤの毛並み。重い砂利袋を軽々と担ぎ、掛け声を合わせて走り回る姿は、精鋭の工兵部隊そのものだ。
「長老、ペース早すぎないか? ちゃんと休憩取れよ」
俺が声をかけると、現場監督を務める長老(名前は『ボルグ』にした)が、キラキラした目で振り返った。
「滅相もねぇ! 旦那様、我らは今、猛烈に感動しているのですダ! 自分たちの手で『石』を作り出し、住処を作る。こんな誇らしい仕事は初めてだワン!」
彼らコボルト族は、これまで「穴掘りしか能がない下等種族」として迫害されてきた。 だが今、彼らは最先端技術の担い手だ。 自分たちが作った水路が、やがてこの荒野を緑に変える。そのビジョンを共有した彼らのモチベーションは、天井知らずだった。
「アレク様、こちらも準備完了しました!」
セリアの声が響く。彼女はガンテツが打ち上げた鉄筋を、コボルトたちと協力して型枠の中に組み込んでいた。 元・騎士の統率力がここでも活きている。
「よし! 生コン投入! バイブレーター(振動魔法がないから、木の棒で突きまくれ)始動!」
俺の号令と共に、ドロドロのコンクリートが型枠に流し込まれる。 ガンテツの鉄筋が飲み込まれ、一体化していく。
こうして、日を追うごとに谷に巨大なアーチ橋がかかっていった。 遠くから見れば、それは灰色の虹のようだった。 魔法文明の象徴である「浮遊石」や「転移陣」を使わず、物理法則と汗だけで積み上げた、泥臭くも美しい文明の架け橋。
「……壮観ですね」
夕暮れ時、作業を終えたセリアが、完成間近の水道橋を見上げて呟いた。 その顔は煤と泥で汚れていたが、王都にいた頃よりもずっと晴れやかだった。
「ああ。これが完成すれば、山からの雪解け水が毎秒トン単位で畑に届く。もう水汲みで腰を痛めることもない」
「ふふっ、それは助かります。……でも、少し寂しい気もしますね。あのアナログな水汲みも、修行と思えば悪くなかったですから」
「随分と逞しくなったな、元騎士様」
俺たちが笑い合っていると、ボルグ長老が走ってきた。
「旦那様! 本日の配給、準備できましたワン! 今日は『大盛りカブシチュー』と『焼き立てパン(小麦の試作品)』だそうです!」
「おっしゃあ! 飯だ飯だァ!」 「アレク様万歳! カブ万歳!」
コボルトたちが歓声を上げる。 彼らにとって、報酬のカブは何よりの宝だ。そして、俺がコボルト用にコンクリートで作った集合住宅(通称:犬マンション)も完成し、彼らは涙を流して入居していた。
衣食住が満たされ、生き甲斐もある。 ガレの領地は、小さな独立国家のように機能し始めていた。
だが。 光が強くなれば、影もまた濃くなる。 俺たちの繁栄は、必然的に「持たざる者」の嫉妬を引き寄せていた。




