12.泥だらけの英雄
ゴルド商会が去ってから一ヶ月。 王都では奇妙な噂が流れ始めていた。
『ゴルド商会が、とんでもない野菜を売り出したらしい』 『辺境の特産品で、食べると魔力が回復するらしい』 『味は果実のようで、一度食べたら他の野菜が泥に見えるらしい』
その野菜には、生産地である「ガレ」の名を冠して、『ガレ・ブランド』という札が付けられ、金貨数枚という法外な値段で取引されていた。
だが、そんな狂騒をよそに、俺は再び泥まみれになっていた。
「アレク様、次はここで何をするのですか?」
セリアが、届いたばかりの測量器具を担いで尋ねる。 彼女の装備も一新されていた。ゴルドマネーで買った、ミスリル銀の軽鎧だ。だが、その足元は長靴(ゴム製がないので革製だが)という、奇妙なスタイルだ。
「セリア、畑を拡張するには水が足りない。井戸だけじゃ限界だ」
俺は広げた地図を指差した。 ガレ領地の北には、高い山脈がある。そこには万年雪があり、溶け出した水が地下水脈となっているはずだ。
「山から水を引くのですか? 魔法使いがいれば『水路生成』で一発ですが……」
「魔法で作った水路は脆い。それに、俺が作りたいのはただの水路じゃない」
俺はニヤリと笑った。
「ローマ水道橋もびっくりの、高低差を利用した『自動給水システム』だ。そして、その動力となる巨大水車を作る」
「……また、変なものを作る気ですね?」
セリアは呆れつつも、その表情は楽しげだ。 彼女はもう、俺の無茶苦茶な提案を「不可能」だとは思っていない。「今度はどんな奇跡が見られるのか」と期待している顔だ。
「ああ。ガンテツの親父にも声をかけてある。また徹夜で図面引きだ」
俺は空を見上げた。 突き抜けるような青空。 かつて「死の土地」と呼ばれたこの場所に、今は緑の芽吹きがある。
俺はクワを担ぎ直した。
「行くぞセリア。俺たちの国作りは、まだ始まったばかりだ!」
「はい、どこまでもお供します。……私の主君」
セリアが騎士の礼をとる。 その姿は、泥だらけの俺に対する、最大の敬意の証だった。
魔力ゼロの元農家。 追放された落ちこぼれ。 だが、彼は後にこう呼ばれることになる。
枯れた世界に緑を取り戻した、最後の農夫と。




