11.遠き落雷、あるいは崩壊の序曲
その頃、王都から遠く離れたグラナード辺境伯領――俺の実家では、静かなる崩壊が始まっていた。
「おい、どうなっている! また枯れたのか!?」
当主バルドルの怒号が屋敷に響く。 執事が青ざめた顔で報告書を読み上げる。
「は、はい……。第一農場の小麦が、収穫直前で全て立ち枯れました。魔法使い部隊が不眠不休で『成長促進』の魔法をかけ続けたのですが、それが逆効果になったようで……」
「馬鹿者! 魔力が足りんと言うから、貴重な魔石を大量に投入したのだぞ! なぜ育たん!」
バルドルはワイングラスを床に叩きつけた。 彼には理解できなかった。 土は生き物だ。休息も栄養も与えず、ただ魔法という名の覚醒剤を打ち続ければどうなるか。 土壌は完全に死に絶え(白化し)、根は高濃度のマナに焼かれて腐り落ちる。それが「塩害」ならぬ「魔害」の結末だった。
「父上、大変だよ」
部屋に入ってきた弟が、能天気な声で言った。 だが、その顔色は悪い。
「王都の屋敷から手紙が来た。今年の社交界、うちの家が出す料理の質が低すぎて、笑いものにされたって。特にサラダが『雑草の味がする』って言われたらしいよ」
「なんだと……!?」
貴族にとって、メンツは命よりも重い。 領地持ち貴族が「不味いもの」を出すというのは、「領地経営がうまくいっていない」=「無能」の烙印を押されることと同義だ。
「くそっ、どいつもこいつも! ……そういえば、アレクはどうした?」
ふと、バルドルは追放した長男のことを思い出した。 魔力のない無能。汚らわしい堆肥狂い。
「どうせ今頃、ガレの荒野で野垂れ死んでいるだろう。あるいは、泣きながら戻ってくる頃合いか?」
「連絡はないよ。まあ、あの岩だらけの土地じゃあ、三日も持たずに飢え死にしてるんじゃない?」
弟が冷笑する。 バルドルは鼻を鳴らした。
「ふん、役立たずめ。死んで清々したわ。……おい、次の魔法使いを呼べ! もっと強い魔力を注ぎ込めば、土も言うことを聞くはずだ!」
彼らは気づいていない。 自分たちが今、破滅へのアクセルを全力で踏み込んでいることに。 そして、彼らが見下した「役立たず」が今、王都の食文化を根底から覆そうとしていることに。
◇
一方、ガレの領地。 俺たちの食卓は、宴の真っ最中だった。
「うまっ! なんだこれ、美味すぎる!」
「アレク様、行儀が悪いです。……でも、本当に美味しいですね」
メニューは「カブのステーキ・ガーリックソースがけ」と「ロックイーターのスペアリブ」。 ゴルド商会から前金として受け取った食材と調味料で、食卓は一気に豪華になっていた。
「ゴルドの奴、いい酒も置いていきやがった。セリア、飲めるか?」
「騎士たるもの、任務中に酒など……まぁ、一杯だけなら」
そう言って飲み始めたセリアは、三杯目で顔を赤くして笑い上戸になっていた。
「でふね〜、アレク様! あの商人の顔、見ました? カブ食べた瞬間、目玉飛び出るかと思いましたよ! アハハ!」
「ああ、傑作だったな」
俺はワインを揺らしながら、窓の外を見た。 暗闇の向こうに、俺が耕した畑がある。 まだ小さな一歩だ。だが、確かな一歩だ。
実家の連中は、今頃どうしているだろうか。 俺の警告を無視して魔法を乱用していれば、今年の冬は越せないだろう。 ざまぁみろ、という感情がないわけではない。 だが、それ以上に「勿体ない」という気持ちが強かった。あの土地も、正しく扱えば再生できるのに。
(ま、向こうから頭を下げてくるまでは知らんぷりだ)
俺は肉を頬張り、明日の計画を練ることにした。 金はある。資材も届く。 次は「水」だ。




