10.欲望の商人、ゴルド商会
「……こ、これは……梨だ! いや、それ以上に甘く、瑞々しい……!」
ボロ屋敷の応接室(と言っても、ただの作業机だが)で、ゴルド商会長の絶叫が響いた。 彼は俺が差し出した「カブの薄切り(生)」を口にした瞬間、雷に打たれたように硬直し、次の瞬間には皿ごとかき込むように食べ尽くした。
「信じられん……! 王都の市場に並んでいるカブは、筋っぽくて土臭く、煮込んでもボソボソしているのが常識です。なのに、これは生で齧れるどころか、まるで高級果実のような甘みがある!」
ゴルド商会長はハンカチで額の汗を拭いながら、ギラついた目で俺を見た。
「領主様。単刀直入に申し上げましょう。このカブ、あるだけ全て買い取らせていただきたい!」
彼の鼻息は荒い。 無理もないだろう。王都周辺は「魔枯れ」の影響で凶作続き。新鮮で美味い野菜は、金貨と同等の価値がある。
「いくらだ?」
俺が短く尋ねると、ゴルドは商人の顔になり、指を一本立てた。
「一株につき、銅貨10枚……いや、銀貨1枚出しましょう! 破格の条件ですぞ!」
隣に控えていたセリアが息を呑む。 通常のカブの相場は銅貨2〜3枚だ。十倍以上の値を提示されたことになる。 だが、俺は鼻で笑って、カブを齧った。
「帰ってくれ。話にならん」
「なっ!? 銀貨ですよ!? こんな辺境の野菜に、これ以上の値がつくはずが……」
「ゴルドさん、アンタは商売人だ。王都の現状を知らないはずがない。今、王都では貴族たちが『まともな食材』に飢えている。特に魔力枯渇で体調を崩した老人や子供にとって、生命力を含んだこの野菜は薬以上の価値があるはずだ」
俺はテーブルの上に、ドンと泥付きのカブを置いた。
「このカブは、俺が独自の『技術』で育てた芸術品だ。銀貨1枚? 冗談じゃない。最低でも金貨1枚だ」
「き、金貨ぁッ!? 馬鹿な! 野菜一つにそんな値段が……」
「高いと思うなら他を当たってくれ。もっとも、これと同じ味が出せる農家が世界に存在すればの話だがな」
ハッタリではない。 この世界で「完熟堆肥」と「岩盤下の処女地」を使えるのは俺だけだ。独占企業の強みである。
ゴルドは脂汗を流して悩み抜いた末、呻くように言った。
「……わかりました。金貨1枚で手を打ちましょう。ただし、全量買い取りです。そして、『ゴルド商会の独占販売』にさせていただきたい」
「いいだろう。ただし、条件がもう一つある」
俺は羊皮紙を差し出した。 そこには、次の開拓に必要な資材リストがびっしりと書かれている。
「金貨での支払いは半分でいい。残りの半分は、このリストにある資材――特に『防水セメント』の原料と、大型の鉄管、それに人を集めて現物支給で払ってくれ」
「……これだけの建材、何に使うのですか?」
「決まってるだろ」
俺は窓の外、広大な荒野を見渡して言った。
「畑を広げるんだ。水路を引いてな」




