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四乃チョイスはもうたくさん

 キンモクセイ公園の近くにあるマンションは、秋の陽射しを受けて静かに揺れていた。

 四乃は朝からウキウキしていた。窓の外の金色の花々を眺めながら、自然と鼻歌も出る。

 一方、Cはげんなりとした顔で、自室の布団にうずくまっていた。


「……もう、これは耐えられない」


 Cは脱臭機を購入し、窓を閉め切ったまま、強めに稼働させる。

 空気は清浄化され、キンモクセイのイヤなニオイも遮断された。

 しかし、新居のスライド式ドアには、プライバシーを守る力などなかった。


 四乃はCが留守の間、そっと夫の部屋に侵入し、窓を全開にして新鮮な空気に入れ替え始めた。


「Cさんは、べつにアレルギーでもないんですから。

 好き嫌いは克服しないと」


四乃は独り言のように呟き、脱臭機には一切手を触れない。

冷たい秋風とともに、キンモクセイの香りが、部屋いっぱいに流れ込む。

四乃はさらに、布団上に脱ぎ捨てられていたYシャツを手に取ると、軽やかに洗濯カゴに入れる。


「まったくもう。クリーニングに出しておかなくっちゃ」


Cが帰宅すると、部屋にはキンモクセイ臭が漂っていた。

眉をひそめ、脱臭機のスイッチを押す。


「……あれ? 置いておいたシャツがない……」


Cは声を上げる。


「四乃さーん、ここにあったシャツ知らなーい?」


ノックもせず、四乃はスライド式のドアを開いた。


「代わりにクリーニングに出しておいてあげましたよ。もっとちゃんとしてください」


Cは目を丸くする。


「えっ、たしかに朝一度羽織ってみたけど、やっぱり明日の法事で着ようと思って、そのまま布団の上に置いておいたのに……」


四乃は、やわらかく笑いながら肩をすくめた。


「いいじゃありませんか。どれも同じです」


「敵わないな、四乃さんには。……そうだ。明日の法事には、白金指輪を嵌めて参列しませんか? 二郎氏の形見でもあることですし」


窓の外では、金色の花びらが風に揺れて落ちる。

一見ありふれた、夫婦の諍いと和解劇。

部屋にはキンモクセイの残存臭だけが残った。






秋の陽が柔らかく差し込む朝、四乃は菩提寺の石段をゆっくりと上った。

足元の落ち葉がカサリと音を立てる。

今日は祖父・二郎の50回忌法要の日。


寺の境内には、親族の車が数台停まり、すでに数名が控え室で待機していた。

四乃は深呼吸をひとつして、Cの手を軽く握る。


「私の真似をして下さい。無理にご挨拶なさらなくても、大丈夫」


Cは少し疲れた顔で頷く。四乃の言葉を信じ、必要以上の会話は避けた。


控室では、四郎と四乃の老母や、S家親戚筋のO歌、O太がすでに座っていた。


四郎とその妻、長男、長女、次女も揃っている。

皆、整然と座り、互いに軽く会釈を交わす。

S家遠縁の長老格達も、厳か、かつ静かに座していた。


S家グループ企業上層部の役員・幹部は一列に並び、

亡き二郎氏と深い親交のあった顔見知りも、法要の開始を待つ。

四乃はCに軽く、

「ここは親族としての立ち振る舞いを」と囁いた。


寺の鐘が一度、静かに鳴る。


僧侶が一歩前に進み、読経が始まった。

低く響く声が静寂を満たす。


四乃は頭を垂れ、静かに焼香の順番を待つ。

親族から順番に、会社関係者へと移り、丁寧に焼香が続く。


四郎と四乃兄妹は、親族として中心に立ち、祖父に畏敬の念を込めて香を焚いた。

Cはそっと四乃の後ろに立ち、控えめに合掌する。


僧侶の読経は、時間の流れを穏やかに、しかし確実に刻んでいく。

読経が終わると、僧侶が短く法話を述べ、礼を告げる。参列者も一礼し、静かに席を立つ。


四乃は親族や来客に向け、礼儀正しく感謝の挨拶を返す。


「本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます」


声は穏やかだが、心の奥では今日の静謐な時間を大切に思った。


Cは横で四乃の所作を見守る。

上層部の役員たちも、控えめに会釈を返すだけで、余計な会話はない。



法要の後、S家と会社関係者は、寺近くの会場に移動し、簡素な精進料理の会食を始める。

S家と会社関係者は、座席が区切られている。


四乃とCは親族席の一角に座り、会話は最小限に。

四郎の長男や長女、次女の小さな声が交わる中、四乃は箸を手に取り、静かに食事を進めた。


会場の端には、役員たちが整然と座り、互いに軽い挨拶を交わすだけだ。






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