自助・共助・それから公助
CはT師に連れられて、“地域子育て支援の会”の別館を訪れていた。
T師が穏やかに言う。
「Cくん、今日は別館の見学よ。こっちは少し規模が大きいから」
「はい。T師……」
Cは素っ気なく答える。
別館は保育園併設だ。
日中は園庭でふつーの一般家庭園児たちに混じる、ほぼ毎日預けっぱなしの子供たち。
夕方迎えに来ない親もしょっちゅうだ。
入園当初は泣きわめいて、ママ~ママ~とうるさいが、じきに慣れていく。
パパ~と泣く子はなぜか居ない。
Cには、感傷なんてない。
でも、母チカとは湯治兼療養のため、離ればなれ。
今、Cがいるこの場所――
べそをかいたり、ニッコニコ笑顔で園庭を走り回る未就学児たちと、
実質、境遇に大差はない。
そこへ、二重ゲートの門を開ける一組の母娘連れ。
T師が声をかける。
「んまあ! ナオさん。来てくれて嬉しいな♪ 今日もお疲れ様」
「あ、Tさん……午後からですけど……家に置いてくより、安心なので」
ナオさんと呼ばれた人は、疲れた顔で答える。
薄いメイクでは隠しきれないクマもひどい。
Cは横で聞いていて、ナオさんに軽く話しかける。
「今からお仕事なんですか? お気をつけて」
「どうも……ほら、行って。お友達が待ってるよ」
ナオさんの娘は、なぜか中学生であるCの片脚に、ギュッと抱きついた。
俺はお友達じゃない。
「すみません。ボランティアは、またこんど……」
ナオさんは、焦るようにその場を走り去った。
T師はナオさんの姿が見えなくなるまで、ニッコニコで手を振った。
「T師、いいんですか? ああいう人って―……フリーライダー、なんじゃ?」
「Cくん。覚えた言葉は、すぐ使ってみたいお年頃かな?
それって、“努力せずに得だけ取る人”ってニュアンスだからね。
ナオさんは事情があって、たまたま参加できないだけ。
でもね……そういうふうに、思ったまま口に出しちゃうのは、無神経って言うんだよ。
――知らなかった?」
Cは内心ムッとした。
自分は大人びた中学生だという自己認識を、T師に覆されたせいだ。
「……でも、ちょっとおかしくね?」
まあいいや。そんなことより――Cは、自分の脚に視線を下ろした。
未だにつかまるナオさんの娘をどうにか引きはがすため、必死に宥めすかす。
T師は知らん顔で、他の主婦ボランティアと立ち話。
Cはなんとか幼児の魔の手から逃れた。
お友達になる約束は、どうにか反故にしたい。
小さくても、女の子の相手なんかめんどくさい。
自分にはKくんひとりで十分だ。
本館に会いに行く。Kくんは相変わらず元気。
ベビーベッドの布団上で、人なつっこくジタバタ。
「あふふ~!」Kくんが手を伸ばす。
「Kくん、生きてて楽しそうだな……」
思わずハイタッチヽ(๑¯◡¯๑)☞❤☜(>▽<)ノ
年度末。
長年の活動実績により、T師は市長から表彰されることになった。
若手市長が笑顔で言う。
「Tさん、本日はおめでとうございます!」
「いえいえ~、みんなのおかげです~!」
T師はウフフ、と謙遜する。
しかし感謝状授与式の裏では――
付添いのCが、男子トイレで手を洗う。ハンドドライヤーのジェット音がこだます。
同じく男子トイレへやって来たのは、市長の第2私設秘書。Cに近づき、話しかける。
「君、最近越して来たそうだね? Tさんと二人だけで住んでるの? 中学校にはもう慣れた?」
「今、母は闘病中なので。中学には、ちゃんと毎朝行ってます……」
Cは見知らぬ大人に警戒しながら答える。
男性秘書は苦笑しながら、Cに名刺を渡した。
「僕はこういう者だから。でも君、たいへんだねえ。
Tさんが里親だって聞いたんだけど……本当?」
秘書は鋭く追及する。
「え……?」
Cは純粋に驚いた。
帰り道、Cはデパートのレストランで、T師を問いただす。
「T師。あなたが俺達の養親里親って聞きました。いったいどういうことですか?」
「ええそう。正式に手続きもしてある。あなたたちのためにね」
T師は小指を立てながら、運ばれてきたティーカップに口をつける。
Cは正直、無断で手続きなんてどうかと思ったが、それもまた仕方がないと諦めかけた。
しかし、T師の気取った紅茶の飲み方がムカついたので、やっぱナシナシと不機嫌モード全開に突入だ。
「Cくん、落ち着いて。
あなたたちが安定して暮らせるように、
私が里親になったの。法的にも問題ない」
法律――知らなければ徹底的に搾取される、社会の絶対ルール。
母と自分達兄弟を、紙切れ1枚で放り出せる魔法のアイテム。
今度はT師が、その別アイテムを行使した。
それだけの話。
「分かりました。安心してください、T師。
今後も家出とかはしない……犯罪者の餌食になるだけだから。
それに、15歳になったら、俺だけでも養子解除はできるんだから」
「そうね。アナタって賢明。離婚したアナタのお父さんより、ずぅっとずっと」
CはT師から目を逸らした。
ちょうどハンバーグ付大盛りナポリタンがテーブルに運ばれてきたので、ありがたくちょうだいする。
「そうしてると、年相応ねぇ~」
言ってろ。金木犀の気取り屋オバハン。




