弟がほしい
商談がまとまり、Cと三郎はおでん屋台にいた。
暖簾の隙間から、冬の風が入り込む。
大根と玉子の湯気が、ふたりの顔を曇らせた。
湯気の向こうで、三郎はゆっくりと笑った。
「そういや昔、S家は七夕の短冊で子どもの願いを集めてたんだ」
Cが聞き返す。
「短冊、ですか?」
「そう。書かせて、母親がこっそり読む。
“欲しがるモノを知っておく”って、まあ、管理の一環だな」
湯気がまた上がる。
三郎は徳利を傾け、続けた。
「うちのしーちゃんは、飽きっぽくてな~。
地球儀も、望遠鏡も、顕微鏡も――どれも数日で飽きた。
あれじゃあちょっとね、と、家内がよく言ってた。
O歌さんとこのO太くんなんて、ゲーム機を欲しがるだけまだかわいげがあるのに、ってな」
Cは笑いをこらえて聞いていた。
徳利の口から注がれる酒が、静かに湯呑を満たす。
「だから俺が、代わりに仔犬をやったんだ。
プレゼントだってことでな」
煙が一筋、上にのぼる。
その向こうに、遠い日の光景が浮かぶ。
――S家本邸。
クリスマスの朝、ツリーの下にはリボンのかかった籠があった。
プレゼントを回収に来た小学生の四郎が、それを見つけた。
「なんだこの毛むくじゃら! 俺こんなの頼んでない(ಠ_ಠ)☞!」
籠の中の仔犬が小さく鳴いた。
「くぅ~ん▼・ᴥ・▼」
四郎は後ずさった。
そして一歩、また近づいた。
ツリーの飾りが揺れ、光が床に落ちた。
その翌年、妹が生まれた。
Cが箸を置いた。
「弟じゃなくて、妹だったんですね」
「そうだな。結果的にはな」
三郎は、空になった徳利を指で転がした。
――弟がほしい。
それは、四郎の叶わぬ願い。
Cは何も言わなかった。
おでんの出汁が冷めていく。
煙の中で、三郎はただニヤニヤ笑った。




