キンモクセイはイヤだ
Fの秘書初仕事は、まるで不動産営業だった。
その相手が四郎社長の妹夫妻で、四郎社長からの1stミッション――
義弟Cへの3世帯同居説得! が、背景に存在しなければ。
Fはさっそく、GPT四郎様モードのデータから選んだ近距離別居用・物件資料を、社用タブレットに表示し、公園の写真を指しながら説明した。
「これが近所の公園です。キンモクセイがずらりと並んでいて、秋にはいい香りですよ✨」
四乃は目を輝かせ、画面を指でなぞる。
兄・四郎が言った通り、彼女は大のキンモクセイ好きだ。
まずは外堀を埋めるべし∠( ゜д゜)/! これがシンプルイズベストな、Fの作戦だ。
「わぁ~✨️、こんなに素敵な場所なら、お引越ししたいです。お散歩も楽しくなりそう❥❥」
Fは、ふと向かいに座るCの顔を見る。
眉間に軽くシワが寄り、唇を小さく結んでいる。
(あれ……C君、なんか微妙な顔してる……)
かと思いきや、Cは急に笑みを浮かべて、バッサリと新物件を斬り捨てた。
「ははは、四乃さん。でも角部屋じゃないですよ? 近くにはビルも立ち並んでて、日当たり最悪だし……」
四乃は小首をかしげ、にこやかに夫・Cの方へ片腕を伸ばし、手首を捉える。
「Cさん、どうして反対するの? こんなにいい香りなのに~❥❥」
四乃はもう一方の手で、持参したバッグからお気に入りのポーチを取り出し、さらにその中から、器用に片手だけでキンモクセイ・ハンドクリームを取り出した。
Cは身構えるが、四乃の手は迷いなくチューブからキンモクセイ・ハンドクリームを絞り出す。そして、Cの手を取ってぬりぬり。
Cは思わず眉をひそめ、半笑いで手をひっくり返す。
「ははは……四郎様、おすそ分けどうぞ」
当然のように隣に座る四郎の手に、クリームをなすりつけるCを見て、Fは思わず吹き出しそうになるのをこらえる。
四郎は目を見開き、手を見つめる。
「えっ(/^-^(^^*)/✨…C!? あ、ああっ…これは…!」
(推し自らハンドクリームをぬりぬり(?・・)σ(˘⌣˘)だと…クッ、たまらん……!! 最高か(≧▽≦)❥❥)
四郎の顔がにやけ、内心は完全にウッキウキ状態だ。
Fは横目でCの表情を確認する。
(あっ……C君、キンモクセイの匂いダメだったんだ……スッゴイ嫌そう……(゜o゜;)
Cは必死に笑顔を作るが、内心はブチギレ状態。
(なんで俺がキンモクセイなんかを……! ううっ……キモイニオイ……最悪だ)
四乃はそんなCの様子にもお構いなしで、満足げに笑う。
「みんなキンモクセイ❥❥」
Fは軽くため息をつきつつ、タブレットを少し押さえながら心の中で思った。
(こりゃC君は、私の出向には関与してないわ。四郎様の作戦通り……完全に巻き込まれてるだけか)
四郎様とC、四乃の間で交わされる微妙な力関係を眺めながら、Fは少しだけ肩の力を抜いた。




