S家ホールディングス系列企業・仙洞館グループの朝
ここはS家ホールディングスのバックオフィス。
深夜の社内メッセージアプリに、ひとつの通知が流れる。
【社内共有】
ChatGPT 四郎様モード v3.2 アップデートのお知らせ
【新機能追加】
・「きさまあ!予測」β版搭載(機嫌変動パターンを学習)
・朝の出社時、靴音データから当日のネチネチ度を自動算出
【注意:トリガーワード】
「報告」
「犬」
「コストカット」
【緊急回避プロトコル】
「犬かわいいですね」と送信すると機嫌リセット成功率 72%
※現在、社内Botが自動でトリガー検知・回避を行っています。
※効果には個人差があります。
◆◇◆ 仙洞館の朝 ◆◇◆
S・四郎は広大な表玄関に立ち尽くしていた。
妹・四乃の旅館は定休日。朝早くにもかかわらず、彼女の愛車が見当たらない。
いつもなら母屋前の石畳に停まっているはずの高級車が、そこにはなかった。
「どこへ行ったんだ、あの車は」
側に控えるO太がスマホを下げ、小さく首を振る。
「おそらく会員制スポーツクラブかと。
先ほど四乃様にお電話いたしましたが、お出になりませんでした」
四郎の唇が薄く引き結ばれる。眉間に皺が寄った。
軒先では、雀がちちち……と短く鳴いている。
四郎はその音を聞きながら短く息を吐いた。
「出るまでかけ続けて行き先を聞け。必ず知らせるよう伝えろ」
「はっ……」
「くれぐれも、余計なことはするな」
冷たく言い添える声に、O太は深く頭を下げた。
◆◇◆ 会員制スポーツクラブにて ◆◇◆
冬の早朝。
冷たい光がガラス張りのバドミントンコートに射し込む。
利用者はわずか——大学の水泳部員数名と、健康意識の高い年配客が数人。
ほぼ貸し切りのコートで、白いシャトルが軽やかに行き交う。
Cは無駄のないフォームで打ち返した。
四乃のラケットが風を切る。
ふわりとしたフォームなのに、ラリーは途切れない。
——Cがどんな球でも、わずかに軌道を合わせて返しているからだ。
四乃はそれを分かっていた。
だからこそ、嬉しそうに笑う。
「それっ!」
一球、また一球。
軽やかな打音が、朝の静けさに溶けていく。
二人だけの穏やかな時間だった。
やがて四乃が汗を拭い、スポーツドリンクのボトルを開ける。
息を整えながら、Cに言う。
「コンテストのニュース、ご覧になりました?」
Cは肩で笑い、ボトルの蓋を閉じた。
「ええ、見ましたよ。大学生社長。明るい未来が待ってるといいですね」
「嘘おっしゃい」
四乃はタオルで頬を押さえ、軽く笑った。
「大体あんなんで戻ってくるのかしらね」
Cは何も言わず、硝子越しの冬空を見つめる。
コートの端には、シャトルが一つ落ちたままだった。
◆◇◆ 再び、S家本邸 ◆◇◆
O太が慎重な口調で進言していた。
「やはり、あの男と会わせるのは止めさせたほうが……ご縁談にも響きますし」
言葉を濁すO太に、四郎の目が冷たく光る。
「きさまあ! 使われている分際で、S家に口出しするか!
半端な家に嫁ぐくらいなら独身でいろと言ったのはこの俺だ」
その声が一瞬で場を凍らせる。
O太は身をすくめつつ、それでも続けた。
「いえっ、めっそうもございません。ただ、やつには他にも悪い噂が——」
「ハッ。父なし子か? うつ病家系か?
その程度の情報、言われずとも耳に入る」
四郎は嘲るように言い、肩をすくめた。
O太はさらに低く囁く。
「では……地域系の新宗教とのつながりは?
昔から怪しげな女占い師の館に出入りしていると。すでに証拠も上がっております」
四郎の顔に、わずかな影が差した。
革靴のつま先で縁石をコツ、と叩く音。
「その女の件は忘れろ。
もし触れ回ったら、O歌ごとクビにするぞ。……なんとも親不孝な息子だな、O太」
四郎は短く言い捨て、石畳を下っていった。
O太は俯き、胸元でスマホをぎゅっと握る。
庭木の枝が揺れ、雀が一羽、飛び去っていった。




