「お母さんたちのことは、お前がなんとかしなさい」
一見、ふつうの高校生の受験風景だった。
飛行機と電車を乗り継いで上京し、
静かなキャンパスで、地方中堅私立高校の制服を身に纏い、
面接では、ずっと続けてきたバドミントンの話題で盛り上がる。
母子家庭の苦学生。
――本学の志望動機をきかせてください。
「はい。」
Cは落ち着いた声で、少し視線を床に落とす。
「私は両親の離婚をきっかけに、社会道徳について深く考えるようになりました」
言葉を区切り、目を上げて面接官を見つめる。
「中学時代には母と共に地方へ移住し、お世話になった民生委員の方の影響で、勉学とスポーツにも励み、高校3年生では副部長も務めました」
少し微笑むと、肩の力を抜き、言葉をつなぐ。
「貴学には、経済思想専攻コースがございます」
面接官は、ペンを指で軽く回しながら、手元の書類に何やら書き加える。
Cはそのまま話を続ける。
「離婚は悪ではありませんが、母子家庭の経済的立場は苦しく、また近年指摘されております通り、ヤングケアラー問題も見過ごせない」
Cはまっすぐ、面接官全員と視線を合わせる。
「私自身の経験をもとに、学問的素養を身に着け、広く社会に還元したいと考え、志望した次第です」
「君なら何でもそこそこできるんじゃない?」
面接官が笑いながら、「併願状況は?」とも訊ねた。
Cはニッコリ笑って、何度目かのセリフをのたまう。
「貴学が第一志望です」
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見覚えのある住宅街をひとり歩く。
途中すれ違った近隣女性に挨拶すると、おどろいた顔でアレコレ詮索されたので、
あることあること、すべて洗いざらい話してやった。
「ねぇ、C君。
いまね、お祖母さんは入院されてるの。
上のお姉さんは独身で働いてて、
下のお姉さんは、近々入籍するんだって。
この間、婚約者の方と、ご挨拶にお見えだった」
へえ、どこが悪いんだろう。
父親は今日も帰りが遅いようだ。
近隣女性のご厚意で、近所の喫茶チェーン店に招かれた。
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やがて、とっぷりと日が暮れる。
住宅街の空気が、少し重たくなった。
「C君、色々たいへんだったでしょう?
地方で母子家庭なんて。
こっちで大学進学したら、また顔を出してちょうだいね。
うちの子も、C君のことずっと気にかけてるから。
もちろん、おばさんもそうだよ」
Cは喫茶チェーンではほとんど話さず、近隣女性の話に、適度に相づちを打つだけ。
あるいは訊かれた質問に、ただ答える。
父親はまだ帰りが遅い。
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近隣女性は、自転車を押しながら住宅街を歩く。Cもその横を、テクテク歩く。
祖母は足腰をわるくして、とうとう入院したという。
父親は今日も帰りが遅い。
姉たちは我が道をゆく。
「C君もうちの子も、もうこんなに大きくなって」と、微笑む近隣女性。
明かりのともる一軒家の玄関口に立つ。
近隣女性が、インターホンを鳴らす。
下の姉の声。父親は今日も帰りが遅い。
本当にいるのだろうか。夜、帰ってきているのだろうか。
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無事、家の中にとおされた。
「C、大変だったね。いつまでこっちに居るの?」
「別にふつう。明後日の便で帰る」
おばあちゃんの、お見舞いには行く? と訊ねる下の姉。どこの病院なんだろう。
「いや。急に行ったらビックリさせちゃうだろうし」と茶化して見せる。
下の姉は、ほっと息を吐く。
「そうだね。行かないほうがいいよ。こっち来て落ち着いたら、いくらでも行けるしさ」と言った。
結局、そのあとは会話が続かない。
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父より先に、上の姉が帰って来た。
「C、ほんとにCなの」と呼んで、抱きつく。
よく分からない。顔も忘れたのだろうか。
母と12歳差の末弟・Kの近況を訊かれ、ガラケー待受の、ランドセル姿のKの写真を表示する。
姉たちは、わあ、と歓声をあげた。
そういうもの。Kくんは末っ子で、家族のアイドル。
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父が帰ってきた。
まるで知らない人みたいだった。
くたびれた、覇気のない会社員。
姉たちは、目も合わせない。Cだけが口を開く。
「おかえりなさい。今日もおそかったね」
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遅い夕食。姉たちはさっとたいらげ、部屋にこもった。
自分だけリビングに残った。
父は無言でテレビをつけた。
「きかないの? 姉ちゃんたちは色々きいてきたよ」
「…………」
父の見つめるテレビ画面が、辛気くさいニュースから、うるさい作り笑いが流れるバラエティお笑い番組に切り替わる。
「たのしそうだね? テレビって」
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Cは、さらりと言った。
「お母さんたちのことは、お前がなんとかしなさい」
父は無言でテレビをみつめ続ける。
「べつに無視してもいいよ? 次は未払い養育費の少額訴訟するから。
――姉ちゃん、可哀想だね? 父親のせいで、破談になるんだ」




