ただ春にしてきみを離れ
「審査員のみなさま、本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。観光協会職員のMと申します」
観光協会主宰「DX観光モデルコンテスト」最終審査会場。
Mが一礼すると、長机に並んだ書類が一斉にめくられる。
場所は仙洞館の「春の間」。
畳敷きの広間に仮設の会議机が並び、審査員たちは地元銀行頭取、商工会議所会頭、地方議員、市役所観光課長といった顔ぶれ。
優勝者への支援や人脈提供を担う立場の者ばかりで、場の空気はなごやかに濃い。
「いや~、意外とレベルが高いですな」
「やっぱり地元の若い人をね、応援せにゃいかんでしょう」
控えめな笑いが、湯気のようにたちのぼる。
襖が静かに開く。
開けたのは、S家親戚筋にあたるO太。
「若女将、どうぞ」
その声に続いて、四乃が入ってきた。
「本日は兄、四郎の名代として出席させていただきます」
「おおっ、四乃様。お久しぶりでございます」
浮ついた空気が、きゅっと引き締まる。
四乃は淡い灰桜の着物姿。
O太はその背後に控え、まるで影のように座を守っていた。
「四郎様の代わりとはいえ、失礼のないように」と言わんばかりの目配せ一つ。
審査が始まる。
三名分の資料が配られ、紙の音だけが響く。
Mが公開プレゼン時の映像をスクリーンへ映し、説明を始めた。
「こちら、社会人枠のRさん。地図アプリを活用したデジタル観光企画を――」
「ふーん、女の子なのに頑張っててスゴイなあ~」
誰かが言い、場は軽い笑いに包まれる。
次に映るのは「1円起業」高校生社長の映像。
「高校生で起業とは立派だね」
「ニュースにもなるでしょう」
場の温度感が一気に上がる。
コンサル男性のそつのないプレゼンは、逆に冷えた嫉妬混じりの笑いを誘った。
四乃は沈黙していた。
手元のRの提出書類を見つめる。
筆跡の真面目さ、余白の清潔さ。
要領の良さではなく、誠実さで書かれた文字。
――こういう人こそ、時代を読む力を持っているのに。
「この方、よいと思います」
その声に、場がわずかに揺れた。
背後のO太が、すぐに身を寄せる。
「四乃様、それは……まずいですよ。四郎様のお考えと異なります」
低く抑えながらも怯えをにじませた声。
“四郎の代弁者”としての忠誠が、O太を突き動かしていた。
四乃は目を伏せ、「では」とだけ答え、資料を閉じた。
――気まずい沈黙のあと、投票が始まる。
机の上に並ぶ札のほとんどが「高校生起業家」。
Mだけが、Rの名を記していた。
「これで決定ですね」「S家のお嬢様なら間違いない」
そんな声が飛ぶ。
四乃には、自分を含めこの場の何もかもが無責任に見えた。
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地方ニュースの画面。
「地域創生の新しい風」――そんな見出しのもと、受賞式の映像が流れる。
四乃は来賓席で拍手していた。
中央では高校生社長とその両親が満面の笑み。
彼は今春から都内の有名私立大学に進学が決定。まさにこの世の春である。
Cはスマホをスクロール。
どこからか入手したAPKファイルでダウンロードした、Rのプロトタイプアプリを起動する。
「しっかしまぁ……このアプリ、外部サービスに依存しすぎだ。APIの仕様変わったら詰むやつだよな。……発想は悪くないけど」
ぽつりと呟いて、スマホを伏せる。
Fの笑顔、Rの緊張した目。
プレゼン会場で自分が投げた質問が脳裏によみがえる。
「地図機能の弱さは致命的ですね?」
それを聞いたRの目。真っ直ぐで、光を宿していた。
スマホの通知音が鳴る。
画面には《四乃さん》からのメッセージ
Cは短く息を吐き、呟く。
「……どうせ、ココじゃ勝てねぇんだよな」




