Rの自由とFの職業
ここはR代表の新オフィス。窓から柔らかい光が差し込み、机の上を照らす。
かつてCの中古車販売店で感じた砂埃やざわつきは、今はすこし遠い記憶だ。
Rは地方都市の古びたビルの一室、10坪ほどの狭いオフィスに自由出勤すると、さっそくPCの電源を入れた。
机にはモニター、高性能デスクトップPC、そして移植作業を終えたiOS版『Retroji』のメモだけが並ぶ。
サーバーやクラウドは外部のレンタル環境を利用しているため、重たい機材はない。
Rはログを確認し、軽微なバグ修正のコードを書き込む。
クラウド上のデータベースをチェックし、独り言をつぶやく。
「よし、ここは問題なし…」
『Retroji』は、誰でも気軽に写真や動画をアップロードして、個人ストリートビューを楽しめるニッチなナビアプリ。
『レトロな地図を重ねて街歩きを楽しむ』をコンセプトに、Android版はすでに数万DLを突破していた。だがiOS版は移植直後で、まだ未知のバグが潜んでいる。
iOSはとくに審査が厳格で、App Storeのガイドライン違反で即リジェクトされるほか、8から最新のPro Maxまで、画面サイズ・解像度がバラバラで、OSアップデート頻度が高い。
毎年秋のiOS新バージョンで、過去のコードが突然動かなくなるリスクもある。
また、長年の信頼と実績から、ユーザー層の期待値が高いのもネック。
「Androidなら多少の不安定さは許される。でも、iOSは違う。一度信頼を失ったら、取り戻すのは至難の技」
Rはそう考えていた。
だからこそ、iOS版の安定運用は単なるメンテナンスではなく、アプリの命運を握る“防衛戦”だった。細かいUIの調整も、クラッシュログの1行も、見逃せない。
狭い空間だからこそ集中できるこの場所を、Rは気に入っていた。
机もゴミ箱も自分で掃除し、窓を開けて風を通す。
誰にも邪魔されない、Rだけのお城。
午後になると、ユーザーからの問い合わせメールをチェックし、軽く返信。
必要に応じてクラウドの設定を微調整し、データのバックアップ状況も確認する。
派手ではないが、RにとってiOS版『Retroji』の安定運用とは、アプリの未来を守る使命だった。
突然、スマホの通知ブザーが鳴った。
Rが確認すると、親友FからのDMが届いていた。
Rはすぐさま返信した。
@f_xoxo**** やっと社労士の仕事決まった!お祝いしちくり~❥❥◦
@r_makeappmap*** F、おめでとおめでと!!
いつにする? M部長も呼ぼ!╰(・ᗜ・)➝
直近の週末、場所はM部長いきつけの居酒屋。
M曰く、大学時代の探検部からお世話になっている、元バイト先の店だ。
Fの再就職祝賀会には、探検部繋がりのRとM部長に加え、Fが呼んだ元同僚Cも駆け付けた。
乾杯❦
R:ソフトドリンク(~‾▿‾)~
F:焼酎(。•̀ᴗ-)✧
C:スクリュードライバー乁|・〰・|ㄏ
M部長:日本酒⟵(๑¯◡¯๑)
見事に誰もビールを頼まない。
それが許される集まりが心地よい。
Fが笑いながら言った。
「このメンバー、私以外、地味に役職持ちしかいないよね!」
「何いってんのF! 元部長の私も今じゃ、観光協会のヒラ職員だよ?」
M部長がFの背中をバシバシ叩く。Fはむせた。
「Fさんは社労士だっけ? 目の付け所がひと味違うよね」
Cが頬杖をつき、微笑みながら言う。
「げぇっほ、げほ……そ!
息子と自然教室に通いながら色々調べたんだけど――やっぱ時代はAIじゃん?
代替ムズそうな仕事を選びたいな~って」
行政書士や簿記、宅建士も捨てがたかったが、Fが選んだのは、『社会保険労務士』だった。
『社会保険労務士』略して『社労士』は、
• 社会・労働保険の書類作成・提出代行
• 助成金申請代行
• 会社の労務相談(解雇、残業、賃金未払いなど)への助言
単純な書類手続きだけでなく、毎年の法改正にも対応した知識や、社員と会社の間を取り持つコミュニケーションスキルも求められる。
これらを駆使して、顧客や所属企業の法リスクを回避する。
というのもあるが……
「いちばんの決め手はね、大学時代に試験監督のアルバイトしてたからなの! そこで支給された弁当がすっごい美味しくて! こりゃあこの業界儲かってんな~、って確信した✨️」
Rは、変わらず冴え渡るFのアイデアに爆笑した。




