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S家の作法とRの戸惑い

 四郎は、社内広報課のスタッフと並んで、披露宴の招待状リストを細かく確認していた。


「親族は前列、会社関係者は中列、地方の名士は末席。でも必ずお顔は見せること」


声は低く、厳格だが、どこか楽しげな響きもある。


横で四乃は封筒の宛名をチェックする。

「お兄様、この方、旧姓のままで大丈夫ですか……?」

「うむ。社交上問題なし」


四郎は名刺ファイルを捲りながら、唐突に言った。

「で? オマエたち、新婚旅行はどこへ行く?」


Cはソファに腰掛けたまま、スマホを膝に置いて淡々と返す。

「俺は行きませんよ? 仕事あるし。旅行なら兄妹水入らずでどうぞ」


「は?」

四郎の眉がぴくりと動く。

「行かない? ありえん。新婚なら、社会的にも精神的にも――」


「私もそういう気持ちにはなれません。お兄様、お一人でどうぞ」

四乃にまで突き放された四郎は、しばし固まってから、ため息をついた。


「素直じゃないな~、オマエたち。せっかくなら、貸し切りバカンス位奮発してやっても……」


四乃はなにも聞かなかったフリをした。


Cは再びスマートフォンをいじりつつ、リストをちらりと見るだけだ。

(儀式の進行を眺めるのも、まあ面白いか……)


四郎は封筒の順番やデザイン、祝儀袋まで目を光らせる。

「封筒の色は薄いクリーム、書体は明朝体。格式を崩すな」

スタッフがうなずき、メモを取る。


四郎は満足げに封筒の束を手に取り、軽く拳を握った。

「よし。これで招待状は完了。発送はホテル側に任せる。あとは席次表と当日の台本だ」


Cは呆気にとられて言った。

「……四郎様、本当に全部把握してるんだ」

「当然だ。俺の業務に失敗など許されない」


Cは内心で考える。

(こうしてまた一つ、S家の儀式が進む……)


「C、オマエ側の代表スピーチはどうする? 弟はダメだぞ。ただの自動車整備士には荷が重い」

「Kくんをバカにしたら、はっ倒しますよ? ま、今は義妹の体調が悪いから来れないけど」


Cはスマホを操作し、Rに簡単なメッセージを送る。



#New_Office_Retroji


Rは、中古車販売店から移転した自社オフィスで、スマホを確認していた。

「あ、C君からだ……え、ええっ!?(´⊙ω⊙`)!」


(最近、飲み会にもあんまり顔を出さないな~、とは思ってたけど、急に結婚!? というか、あんないい加減なキャラで恋人居たの?!)


メッセージには簡潔に書かれていた。

《Rさん、披露宴でスピーチよろしく~》


Rは頭を抱え、椅子にもたれかかる。

「……マジかよ、スピーチ? 私が……?」


返信しようと指を動かすも、緊張で止まる。

Cから追伸が届く。


《形式上、頼める人間は限られるからね。S家はムダに豪華だから、招待客もそれなり。Retrojiの宣伝にもなるでしょ?》


Rは深く息をつく。

「……ただの友人スピーチじゃない。相手はうわさに名高いS家。ちゃんとしなきゃ、R代表」



#R代表&S家


 翌日、ホテル仙洞でのリハーサルに、おっかなびっくり出向くR。

入り口で、総支配人の四郎から直々に、初対面の挨拶という名の洗礼を受ける。


「R代表、心配ご無用です。台本通りなら失敗はありません。Cのスピーチも形式通りでよい。――ところで、Rとお呼びしても?」


微笑ましく、しかし鋭い視線がRを射抜く。


Cはスマホを閉じ、静かにRを見た。

「そういうものだから。四郎様共々よろしくね、Rさん」


それは、語らぬ信頼と、ほんの少しの気まぐれを混ぜた表情だった。


Rは肩をすくめ、指先を組み、深呼吸する。


(いまどき様付け!? なのに自分は、いきなり呼び捨て?……まあ、仕方ない。これもビジネス! 会社代表・Rとしての経験値up)


Rのモヤモヤをよそに、四郎は招待状作業の延長で、席次や立ち位置、演出まで頭の中で最終チェックする。


Rは台本を握りしめ、Cの信頼を心の支えに、リハーサルに臨む覚悟を決めた。




――リハーサル中(披露宴前)


 ここは、ホテル仙洞の大宴会場。

 「迦陵頻伽の間」に入ると、天井から柔らかいシャンデリアの光が降り注ぎ、絨毯は深紅。

 スタッフたちが動き回り、席札や花の配置を最終チェックしていた。


四郎は会場中央で手を組み、RとCを見渡す。

「まずは新郎新婦入場の位置から。C、お前は右側、不在の四乃は左。段差の高さ、手の位置、歩幅を確認だ」


Cは、文句ひとつ言わず歩幅を調整する。


Rは少し離れた場所で、メモ代わりに動画を撮りながら軽く緊張し、肩を震わせる。

(……四郎様、こういう瞬間も絶対チェックしてるんだろうな……)



「R、スピーチの立ち位置はここ。マイクまでの距離、声の届き方も確認しておけ」

四郎はビニールテープで床に印をつけながら、正確に距離を指示する。


Rは深呼吸して歩み寄る。


「……はい、了解です」

内心では、(この距離感……声が小さいと怒られるんじゃ……)と不安が波紋のように広がる。



四郎はCに近づき、ひそひそ声で確認する。

「C、手の角度は自然だな? 観客から奇妙に見えないか?」


Cは軽く手首を回しながら苦笑する。

「大丈夫、みんな四郎様ほど神経質じゃないから」




次にスピーチ練習。

Rは原稿を手に立つ。四郎は少し後ろで腕を組み、表情は柔らかくも鋭い。


Rが声を出すと、四郎が口を開く。

「ゆっくり。Cへの祝辞が聞き取れないと意味がない」

Rは息を整え、再度読み上げる。


Cは時折、無言で微笑を返す。

(……Rさん、緊張してるな。でも真剣だ。やっぱ頼んでよかった~)


四郎が間に入って小さな指示を出す。

「笑顔を忘れるな。形式通りでも、観客には温かさを感じさせろ。R、手の位置も固定だ」

Rは汗を拭い、手を軽く握り直す。



リハーサルが進むにつれて、場面は細部まで確認される。


入場の歩幅、手の角度――マイク位置、声の届き方――立ち位置のバランス――笑顔のタイミング。



CはRを時折見やり、無言で安心感を送る。

Rはその視線に少し救われ、再度深呼吸。


四郎は最後に総合チェック。

「よし。これで当日の流れは完璧だ。Rのスピーチも形式通りなら問題なし」


Cは軽くうなずく。

Rは心の中で覚悟を固める。

(……これもS家の儀式。失敗は許されない。ま、何とかなるでしょう。きっと、たぶん、おそらくは)




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