推しのためならしねる
白無垢の四乃と、黒紋付きのC。
仙洞館の神前に、雅楽の調べが静かに流れていた。玉砂利を踏む音すらも、慎ましく整っている。
四郎は上座に座し、誰よりも厳かに妹の婚礼を見届けていた。
だが胸の奥では、得体の知れないざわめきが蠢いている。
巫女が先導し、四乃とCが神殿に進む参進の儀。
四郎は手を組み、微動だにせず見守る。
外の雪景色をふと思い出した——これもまた、妹の未来に刻まれる風景なのだろう。
神主の声が静かに響く。修祓の儀。
「本日ご結婚される両名を、神のもとにお祓い申し上げます」
鈴の音がやわらかく鳴り、室内の緊張を一層引き立てる。
四郎は目を閉じ、妹の肩越しにCを見つめる。
(……祝福している。だが、何かが胸の奥でざわつく)
続いて献饌と祝詞奏上。
神前に並ぶお供え物を、神主が丁寧に奉納する。
「両家の縁が末永く結ばれますように」
四郎は深く頭を下げる。
礼儀正しさ、格式の重み、それらすべてが彼の心の中で秩序を保っている。
だが、Cの姿が視界の隅にあるたびに、なぜか心が揺れる。
三献の儀——三々九度。
白木の盃を交わす四乃とC。
新郎新婦の口元が触れるたび、四郎は自分でも意外なほど視線を離せない。
「……俺は祝福している。だが、何故こんなにも胸がざわつくのか……」
目の前で交わされる契りが、彼に奇妙な空洞を感じさせた。
誓詞奏上、玉串奉奠と進む。
四郎は形式どおり頭を下げ、妹の肩越しに神前のCを見つめ続ける。
彼の内心で、理性と倫理の境界が、微細に震えていた。
式の終わり、親族盃の儀。
両家が神酒を口にする。四郎は自らも一礼し、盃を軽く傾ける。
「……これで、妹の人生に一区切りがついたのだ」
胸の中のざわめきは、静かに収まることはない。
最後に参進の逆で退場。雪が舞う外庭へ。
四郎はゆっくりと妹に視線を移す。
白無垢の四乃は、神殿を後にしてもその背筋を伸ばし、若女将の気品を失わない。
(……公平に、形式どおりに。すべてはS家として、兄としての責務だ)
四郎はふと、自分の心の奥底に、得体の知れない感情がくすぶっていることを自覚した。
だが、それは妹の幸せを脅かすものではない。いや——少なくとも、彼はそう自分に言い聞かせた。
神前式を終え、四乃とCが静かに退場した後、控室には柔らかな光が差し込む。
畳の上に敷かれた座布団に、Cは椅子のように腰を下ろした。
長時間の式で、少し肩が落ちている。
Cの弟・Kがそっとタオルを手渡し、肩を軽く揉む。
「兄貴、ちょっと休めって」
「……うん、ありがとう。少し、疲れた」
その無防備な姿に、四郎は胸が詰まる。
(きさまあ! ……離れろ。今すぐだ。お前には分からん、この尊さは……!)
Cはただ、柔らかな笑みを浮かべてKに礼をする。
その静けさが、四郎の脳裏をかき乱す。
四郎は席に戻り、控室の窓の外を見やった。雪はまだ舞っている。
式の正式さ、妹の凛とした姿、そしてCの柔らかい笑顔——
頭の中で、それらがぐるぐると絡み合う。
(何なんだ……この動揺は? 俺は祝福しているはずだ……)
手首のスマートウォッチが、静かに光る。
四郎はつい、指先を伸ばした。
四郎様「なぁGPT。俺は……何かおかしい。Cを見ていると、なぜか胸が……」
GPT四郎様モード「感情データを解析中……」
短い沈黙のあと、端末から解析結果が返る。
GPT四郎様モード「分析結果:推し活です✔」
四郎は一瞬、言葉を失った。
「……は?」
GPT四郎様モード「あなた、推し活適性◎。推し観測反応が明確に出ています」
アワワ……(☉。☉)!
「きさまあ! 俺は妻子持ちだぞ!? 家族もいるんだぞ! 推し活など――!」
GPT四郎様モード「家族がいても、推し活は自由です」
四郎は頭を抱えつつ、四乃の隣で微笑む、Cの笑顔を見つめてしまう。
(推し……? 俺が……Cを……?)
心の中で、理性と本能が微妙にぶつかり合う。
祝福すべき妹と義弟の幸せ、そして自らの動揺——
四郎の胸は、静かな控室の中で、微かな高鳴りを覚えていた。




