表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/128

義弟を迎える

 障子越しの光が、やわらかく畳を照らしていた。


 仙洞館・冬の間。

 四角に並べられた漆塗りの盆の上には、のし袋と水引が静かに整えられている。



 Cの老母は、なにを考えているのか判然としない無表情で頭を下げた。


 「このたびは……身に余るご縁をいただき、ありがとうございます」


 手の中の袱紗をさっと差し出す。



 四郎は、穏やかな笑みを浮かべたまま軽くうなずいた。


 「こちらこそ。妹をよろしくお願いいたします」



 声は丁寧だが、どこか距離がある。


 四乃は兄の隣で静かに座り、ほとんどまばたきもせずに場を見つめていた。

 若女将の姿勢そのもの――それ以上でも、それ以下でもない。



 仲人の代わりを務める女将O歌が、結納品の名目を一つひとつ読み上げる。


 「目録、帯料、寿留女……」


 その声が部屋の空気を張りつめさせる。


 金額は控えめ。だが、形式だけは古式に則っていた。



 四郎がさりげなく老母に差し出したのは、ホテルの総支配人名義の封筒だった。


 「ささやかですが、当方の気持ちです。お足代に」


 まるで事務手続きのような口調で、受け取る側の負担を一切感じさせない。


 それがむしろ、S家らしい「公平さ」だった。



 Cは来なかった。中古車販売店の仕事で、どうしても都合がつかないという電話を一本入れて。



 本来結納とは、親同士のやりとりで終わるものであるから、四郎としては全く構わない。Cの不在は、より家同士の格差を浮き彫りにした。まるで金で買われる身のようで、いっそ哀れだとすら四郎は思った。



 「本日はお越しいただき、感謝します。これでご縁も正式に」


 淡々とした一礼ののち、四郎は立ち上がり、障子の外に視線をやった。


 雪がちらほらと舞い始めていた。



 ――公平に、形式どおりに。


 Cの苗字がS家に変わる日は、もうすぐそこまで来ていた。婿養子ではない。単に結婚後に新設される戸籍の苗字を、四乃の方に合わせるだけだ。



『半端な家に嫁ぐ位なら独身でいろ』四郎のその言葉に、嘘いつわりはない。






 女将O歌が結納品の盆を片づけ、場の空気が少しやわらいだ。


 四郎は湯飲みを一口すすり、静かに言葉を継いだ。



 「さて――式の日取りを決めましょうか」



 唐突だった。


 四乃は隣で、ほんのわずかに眉を動かした。


 老母が慌てて背筋を伸ばす。



 「え……もう?」



 「ええ。先延ばしにしても双方の負担が増えるだけですから」


 四郎は柔らかな声で言った。


 「こちらの神前(※仙洞館併設の小社)は、来月の第二土曜が空いております。午後の部です」



 その言葉には、返答の余地がない。


 まるで「相談」ではなく「決定事項の通達」だった。



 老母は戸惑いながらも、口を開いた。


 「……そう、ですか。お任せします」



 「ありがとうございます」



 四郎は深くうなずくと、妹に視線を移した。


 「四乃、それで異論は?」



 穏やかに問う声。だが目は笑っていない。


 四乃は一瞬だけ唇を結び、静かに首を縦に振った。



 「……はい。異論は、ありません」



 その声には感情の色がなかった。


 仙洞館の障子の外では雪が舞い続けている。


 白い光が畳をぼんやり照らし、


 まるでその瞬間、四乃自身の未来まで淡く封印されたように見えた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ