義弟を迎える
障子越しの光が、やわらかく畳を照らしていた。
仙洞館・冬の間。
四角に並べられた漆塗りの盆の上には、のし袋と水引が静かに整えられている。
Cの老母は、なにを考えているのか判然としない無表情で頭を下げた。
「このたびは……身に余るご縁をいただき、ありがとうございます」
手の中の袱紗をさっと差し出す。
四郎は、穏やかな笑みを浮かべたまま軽くうなずいた。
「こちらこそ。妹をよろしくお願いいたします」
声は丁寧だが、どこか距離がある。
四乃は兄の隣で静かに座り、ほとんどまばたきもせずに場を見つめていた。
若女将の姿勢そのもの――それ以上でも、それ以下でもない。
仲人の代わりを務める女将O歌が、結納品の名目を一つひとつ読み上げる。
「目録、帯料、寿留女……」
その声が部屋の空気を張りつめさせる。
金額は控えめ。だが、形式だけは古式に則っていた。
四郎がさりげなく老母に差し出したのは、ホテルの総支配人名義の封筒だった。
「ささやかですが、当方の気持ちです。お足代に」
まるで事務手続きのような口調で、受け取る側の負担を一切感じさせない。
それがむしろ、S家らしい「公平さ」だった。
Cは来なかった。中古車販売店の仕事で、どうしても都合がつかないという電話を一本入れて。
本来結納とは、親同士のやりとりで終わるものであるから、四郎としては全く構わない。Cの不在は、より家同士の格差を浮き彫りにした。まるで金で買われる身のようで、いっそ哀れだとすら四郎は思った。
「本日はお越しいただき、感謝します。これでご縁も正式に」
淡々とした一礼ののち、四郎は立ち上がり、障子の外に視線をやった。
雪がちらほらと舞い始めていた。
――公平に、形式どおりに。
Cの苗字がS家に変わる日は、もうすぐそこまで来ていた。婿養子ではない。単に結婚後に新設される戸籍の苗字を、四乃の方に合わせるだけだ。
『半端な家に嫁ぐ位なら独身でいろ』四郎のその言葉に、嘘いつわりはない。
女将O歌が結納品の盆を片づけ、場の空気が少しやわらいだ。
四郎は湯飲みを一口すすり、静かに言葉を継いだ。
「さて――式の日取りを決めましょうか」
唐突だった。
四乃は隣で、ほんのわずかに眉を動かした。
老母が慌てて背筋を伸ばす。
「え……もう?」
「ええ。先延ばしにしても双方の負担が増えるだけですから」
四郎は柔らかな声で言った。
「こちらの神前(※仙洞館併設の小社)は、来月の第二土曜が空いております。午後の部です」
その言葉には、返答の余地がない。
まるで「相談」ではなく「決定事項の通達」だった。
老母は戸惑いながらも、口を開いた。
「……そう、ですか。お任せします」
「ありがとうございます」
四郎は深くうなずくと、妹に視線を移した。
「四乃、それで異論は?」
穏やかに問う声。だが目は笑っていない。
四乃は一瞬だけ唇を結び、静かに首を縦に振った。
「……はい。異論は、ありません」
その声には感情の色がなかった。
仙洞館の障子の外では雪が舞い続けている。
白い光が畳をぼんやり照らし、
まるでその瞬間、四乃自身の未来まで淡く封印されたように見えた。




