消印とサリー
封筒が届いたのは、思っていたよりもずいぶん遅かった。
Rはポストから取り出した白い封筒を開け、ざらりとした紙の感触を確かめながら目を通した。
「……ほんとに通ったんだ」
けれど、消印を見て、ふと眉をひそめる。日付はごく最近。まるで急いで送ったような印象は拭えない。
(これ……発送ミス? それとも誰か辞退した?)
そんな考えを振り払うように、スマホが鳴った。観光協会の事務を名乗る若い女性が明るい声で、「おめでとうございます。日程調整とご参加の意思確認のお電話です。念のため」と言う。
Rは「はい、ぜひお伺いします」と答えながら、違和感を飲み込んだ。
――そして当日。
会場で顔を合わせたのは、あのスーツ姿のコンサル男性と、制服の高校生社長。
ふと周囲を見回して、Rは首をかしげた。民族衣装の留学生女性――あの印象的なサリー姿が、見当たらない。まあ必ずしもサリーを着てくるとは限らないのであるが。
(残るなら絶対、あの人だと思ったのに……)
(もしかして、辞退したのって……?)
Rは胸の奥に小さな針のようなものを感じながら、控室の座布団に腰を下ろした。
会場の空調は妙に乾いている。風情ある老舗旅館の、大広間を襖で仕切った見るからに歴史ある場所。
折りたたみの長机と座布団。窓の外は冬の光が白く滲んでいる。待つ間に、何やらエアコンが故障したらしく、急遽石油ストーブが配置され、じわじわと身体の芯からあたたまる。エアコンに比べてむしろ乾燥せず湿度もあって助かる。しかし熱い。緊張のせいだろうか?
メイクを気にしたRは鞄からハンカチを取り出し、顔を押さえる。
待機しているのは三人だけ。
例の「1円起業」高校生社長と、変わらぬお高そうなスーツの男性。女性はR一人だけだ。
「……あの、すみません。今日って三人なんですかね?」
沈黙に耐えかね、Rが口を開いた。
高校生が顔を上げ、愛想よく笑う。
「みたいっすね。もう一人、あのサリーの人もだったっぽいけど……なんか、急遽帰国?になったらしくて」
「え、そうなんですね」
Rは少し驚いた。やっぱり、と同時に胸の奥がざわついた。
(やっぱり誰か辞退したんだ)
高校生は続ける。
「なんか、家庭の事情とか?詳しくは知らないですけど。でも、あのサリー目立ってましたよね!会場ざわついてたし。注目度オレより上?www」
「……そう、だったかな」
Rは曖昧に笑った。
(“サリーの人”って言い方、ちょっとひっかかる。けど、今はどうでもいい)
横のスーツ男――コンサルは腕時計を見たまま、会話に入ってこない。
高校生が気まずそうに笑い、話題を切る。
「やっぱ緊張しますね。なんか、」
「……うん。私も」
Rが答えると、彼は照れたように前を向いた。
しばらく沈黙。
時計の秒針だけが、乾いた音を刻む。
やがて襖が開き、観光協会の職員が顔を出した。
「それでは、順番にご案内します。まずは──①番の方からお願いします」
「はい!よろしくお願いします!」
高校生社長が立ち上がり、意気込んだ声で応じる。その背中を見送りながら、Rは深呼吸した。
コンサルの男はようやく顔を上げ、ぼそりとつぶやく。
「若いって、得だな」
Rは返事をしなかった。
ただ、無言で鞄を閉じた。




