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ビッグ・ブラザー四郎

 S家ホールディングス系列企業。

 S家本邸の一角――老舗温泉旅館・仙洞館を母体とし、いまでは旅館・ホテル業にとどまらず、多岐にわたる不動産経営がもたらす盤石さ。

 その経営者一族・S家は、もとは土豪系の家柄だ。亀甲に巴の家紋。当主は必ず剣道を習い、宗派は禅宗。


四乃はそんな家の、お見合い結婚で産まれた。

父・三郎はまもなく放漫経営でS家から勘当され、残された8歳上の実兄・四郎こそが、四乃の実質的な父性の代行者だった。


S家当主となった兄、四郎はかつて言った。

「四乃、オマエはなにも気にするな。半端な家に嫁ぐ位なら独身でいろ」

――なんて優しいひとだろう。


 兄は大学入学と同時に剣道をきっぱり辞め、学生時代から一族経営に参画し、期待どおりの妻を選び、卒業と同時に籍を入れ、待望の長男を授かった。

親戚一同は泣いて喜び、兄は満場一致で会社を継いだ。

まるで泡が弾けるかのように、父・三郎の代で傾いた放漫経営を、あっという間に建て直した。

やれ、めでたいめでたい。


さて、万が一に作った妹・四乃の処遇をどうするか?

兄は健在、その息子も問題なし。まだまだ次子も望める年齢。


四乃はまだ高校生とはいえ、花の命は短く儚い。


「お兄様みたいに、早めに結婚させては如何?

このまま女子大に進ませて、お見合いなさったら?

ご両親もそうだったのだし、おっとりした方だもの。その方がしあわせになれましょうや。そうそう、ちょうど紹介したい殿方が――」


S家親戚筋のO歌が差し出した釣書を、兄は庭の池に投げ捨てて高らかに笑った。


でもそれも、つかの間の出来事だった。

「なあ、四乃。結婚したいよな? 結婚したいだろ?」


よりによって兄にそう言われたら、四乃はもう、なにも反論できない。

男女の友情など存在しないとよく言われるが、それは周りが嫉妬やおせっかいで囃し立て、別離か成就を選ばせるからだ。


これが兄以外であれば、四乃は今でも気に病まなかっただろう。




「さむい……一人はさみしい……」

白いマンションルーム。兄が系列不動産から見繕った、四乃の新居。


兄からは「Cと結婚するまでは一人暮らししろ」と言われ、冷たいカードキーを渡された。

家事はすべて通いの家政婦がやってくれる。四乃は旅館から寝に帰るだけだ。


仙洞館若女将として、四乃には学生時代から家業を手伝い、一通り旅館業務全般をこなした自信があった。

だがほんとうの意味で自立した経験は無かったことを、この部屋で痛感する。


――誰も居ないと分かっているのに――いや、だからこそ恐ろしい。


視線を泳がせ、耳を澄ませ、部屋中の扉という扉、物置スペースすら開け放したまま過ごす。

帰宅したら全く興味のないテレビをつけっぱなしにし、音を垂れ流していないと、こわくて眠れない。


壁の向こうに、誰かの視線を感じるような気がする――それは兄の不在の圧力だった。

カードキー、通いの家政婦、整えられた家具や配置。すべてが兄の目線を代行し、四乃の行動を監視しているかのようだ。


――でも、心のどこかで、ほんの小さな反抗を許してみようか、とも思う。

夜中にそっとカーテンを開け、ベランダに足を踏み出す。

誰も見ていない。冷たい風が肌を撫でる。

ほんの一瞬、自由を味わった気がした――その小さな感覚が、四乃の胸をわずかに高鳴らせた。


こうなったらCと暮らした方がまだ安心できるのではないか――と思う。

だが、S家の辞書に同棲の二文字はない。


Cは変わらず中古車販売店で働き、夕暮れ時にはO太が迎えに来て、兄のレッスンを受けながら晩餐。四乃はそこに立ち入ることを許されない。


それでも、近いうちにCと結婚しようが、四乃は若女将を続けるつもりだ。

この部屋での孤独、監視の圧、ほんの少しの自分の抵抗――そして自立できていない自分。

それらを抱えながらも、若女将としての誇りだけは、四乃のものなのだから。




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