『S家の晩餐』
Cは今日も、S家の晩餐に招かれる。
といっても、出迎えるのは犬だけ。
静脈認識ドアを開けた途端、待ち構えていたかのように尻尾を振りながら近づき、履いている靴に黒い鼻先を押しつけた。勝手になでていいものか、まだ判断がつかない。
料理はすでにS家のお手伝いさんが用意したものを、冷蔵庫から取り出して、温めなおすだけ。
Cが料理を卓上に並べる。うつわ選びに始まり、順番や並べ方は散々指摘されたので、嫌でも身に染み付いた。まるで小姑との花嫁教育。
小姑はすでに座っている。花嫁が来るのを待っている。
「お前は、いただきますも言えないのか?」
言われて、花嫁は慌てて手を合わせた。
箸の持ち方、スープ皿への手の添え方、ナプキンを畳むタイミング――毎回、何かを指摘される。
「これしきなら、学校で習っただろう?」
小姑の声は柔らかいが、言葉の奥に鋭い針が潜んでいる。
その愛犬が、足元で丸くなって寝ていた。ここでは犬だけが、くつろぐことを許される。
「味の感想は?」
「……おいしいです」
「“おいしい”? たったそれだけか? 言葉選びはもっと上品に」
「え? 美味いだけじゃマナー違反なの?」
「風味がとても繊細ですね――このソース、とてもまろやかです――季節を感じますね――丁寧に作られていて、工夫が見える――テンプレ位、用意しておけ。あるいはここぞのジューシーで統一しろ」
「そんなにお世辞を?」
「違う。味覚を分析し、讃美しろ。それを言葉で表せ」
「バカみたいな会話だ」
「バカはお前だ。未だに箸使いも直せないのか」
――それでも、また明日もここに来なければならない。
指導の名を借りた「正しさ」。S家のご当主、四郎様との晩餐が、何事もなかったかのように始まるのだから。




