はじめまして、さようなら。
パーテーションの向こうは、
既に帰ったCの営業スペース。こちら側はRが間借りするアプリ開発スペース。
RはPCの画面をじっと見つめていた。
Android版アプリは完成済み。最低限のUIテストも通過し、動作は安定している。だが、油断はできない。
クラファンは『漆黒企業』社長Aからのお恵みで
ーーどうにか100万円を達成。
しかしフルゴールの150万円には届かず、Rの胃の奥がキリリと痛む。
「……これで本当に大丈夫かな」
指先がわずかに震える。完成したアプリはある。だが、次の課題は運転資金だ。
❦ 有料APIの月額利用料
❖ 法人クラウドの維持費
✧ 想定以上のアクセスによるサーバー負荷
資金カツカツのRには、死活問題だ。
もしアクセス集中でサーバーが落ちれば、ユーザーからの信頼など、一瞬で消え失せる。
さらに地域コンテンツの権利関係も万全ではない。写真や映像の使用許可が一部未取得で、もしクレームが入れば、リリース延期や追加費用は避けられない。
会社設立時の資金は、Cの出資金とR自身の貯金。
登記費用、法人口座、PCや机などの設備費に使ったが、開発費にはほとんど使っていない。
Rの今までの積み重ねによりーーAndroid版は、ほぼテスト費用だけで完成していた。
「ふぅー……万全とは言えないけど、前進あるのみ」
Rは深呼吸をし、Android端末でアプリを起動。
画面はスムーズに動き、地元店舗の情報が見やすく表示される。
ユーザー獲得の土台はすでに整っていた。
Fによるママ友ネットワーク、別ジャンルインフルエンサーの案件。地元の口コミ、SNSの拡散、そして応援してくれたユーザーからの支援。78万円は、その結晶。
「まずはAndroid版で収益を盤石に……!iOS版は、次のステップ」
Rの決意は固い。リリースまであとわずか。
サーバー監視、権利関係の最終確認、APIの負荷テスト――不安は尽きない。
だが、これまでの努力と、支援の力を信じるしかない。
もうじき夜が来る。店内の灯りだけが、Rとアプリを静かに照らしていた
【アプリリリース初日 ― 初期反応と収益】
眩い朝の光が、中古車販売店の窓から差し込む。Rはいつもより早く出社し、PCとスマホを机に並べた。
Android版アプリの公開ボタンを押す。
画面が切り替わり、ストアに新規登録されたアプリが表示される。緊張の一瞬ーー
数分後、通知が次々と届き始める。
ユーザーA「使いやすい!地元の穴場スポットまで載ってる❦」
ユーザーB「写真キレイ。店の雰囲気もわかる」
ユーザーC「マップが見やすい」
Fも朝から電話やチャットで進捗を確認している。
ママ友ネットワークや、SNSでの口コミが即効性を持ち、DL数は徐々に増加する。
Rはひたいを拭いながら、収益画面をチェックする。
✧ 広告表示による初日収益:わずか数千円
✦ アプリ内追加機能課金:初回DLで数件発生
❖ 将来的な法人クラウド利用料の負担は、まだ問題なし
「……一瞬ヒヤッとしたけど、何とか回ってる」
Cが傍で笑う。
「俺にはさっぱりだ」
Rは深呼吸し、画面を見つめる。ユーザーのレビューに励まされ、焦燥感は少しずつ希望に変わる。
数日後、RはCに報告した。
「へー、こうやって見るんだ? DL数、まずまずだね。広告も少しずつ回転してる」
Rはうなずく。
「あとね、Fが言ってたママ友口コミ、想像以上に効いてるよ」
Rは画面をスクロールし、ユーザーのレビューを確認して見せた。
「操作しやすい」「地元情報が役立つ」「エモい写真で散歩気分が味わえる」
レビューの★の数に一喜一憂しつつ、確かな手応えを感じる。
「やっぱそのうち、iOS版も出すの?」
Cの笑いながらの軽い質問。こやつめ。簡単に言ってくれるーーそう思いながらも、Rは深く頷いた。
いずれはiOS版をリリースしたい。
そしたら次はーーRの開発環境や、Cの仕事の邪魔をしないためにもーーこうやっていつまでも、中古車販売店に、間借りする訳にはいかない。
オフィス移転なんて、まだ遠い夢の話だが。
まずはAndroid版で盤石な土台を築くことが最優先。
FもCも帰った後の中古車販売店。
Rの小さな安堵が流れた。
「なんとか、うまくいきそう……」
“はじめまして”と“さようなら”のあいだで、Rの指先は、まだかすかに震えていた。
❥ 店内の灯りだけが、Rとアプリを静かに照らしていた。




