祝・クラファン達成
ここは中古車販売店の事務所のなか。Rが買ったパーテーションで区切られ、片方はCの店、片方はRが間借りしたアプリ会社である。
Rは簡素なデスクでPC画面をじっと見つめる。
レトRojiのクラファンページーー支援達成額は、総額78万円。
目標100万円には程遠いが、締め切りは明日。
パーテーションを一時的に退け、Fが息子と自撮りする。Fは息子が背負う、買ったばかりのランドセルがうまく写せずにいた。
アレコレと構図やポーズを試しながら、四苦八苦。
「うーん、もう後ろ姿にしちゃう?」
Rはほほえましくも苦笑しながら、F達母子へ話し掛けた。
「Fまでインフルエンサーになるつもり?」
「ならないよ~、ちゃんとスタンプで顔隠すもん。でも、インフルエンサーってやっぱスゴイよね~新時代の芸能人? って感じ」
「そうだね。この78万も、インフルエンサーさんのおかげだね。あんな熱心に取り上げてくれるなんて、びっくりした」
SNS拡散は予想以上だった。相手方の旅行Vlog収録のついでとはいえ、わざわざこの地方都市まで足を運び、スタッフインタビュー動画までついでに撮影して、さりげなく盛り込んで貰えるとは。
Fが見つけ出し、Rが依頼した別ジャンルのインフルエンサー。抱える視聴者層は、本来、地図アプリも、街歩きも、あまり馴染みがないはずであった。
しかし視聴者達は、長年応援してきた推しが、ようやく貰えた案件にじんわりと来た様子で、コメント欄は和気あいあいとした雰囲気。何人かは実際に一般応援コースにクラファンした! とのコメント。
あとはFによる地道な口コミのママ友ネットワークが功を奏し、芋づる式に地域応援コースが伸びて行く。
それでも、100万は遠い。いや、ここまででもかなりスゴイ。
だれが道端で、突然見知らぬRからアプリ開発の与太話を聞かされて、1000~2000円せびられて、喜んで応援しながら差し出すだろうか?
店の引き戸が開き、Cが涼し気な顔で、営業から帰って来た。
「ただいまー」
その彼の後ろには、『漆黒企業』DDオート社長夫妻の姿があった。
Fは息を飲んだ。
悪趣味なスーツに光沢ネクタイを締めた男——社長A。
その少し後ろ、ワンピース姿の——副社長B。
「……なんで、ここに?」
Fの声がかすれる。息子の両肩に載せた手に、少しちからが入った。
Cは苦笑しながら言った。
「えっと……実際に見てから、クラファンを考えると仰って。ちょっとご足労いただいたんだ」
『漆黒企業』の社長Aは、簡素な事務所内部を一瞥すると、ゆっくり歩みを進めた。
「ここが、君たちの“ベンチャー”か。狭いな」
口調は穏やかだが、含みのある視線。
Cは笑って受け流す。
「あはは……こちら、Rさんです。彼女1人でアプリ開発をされていて。最近起業を」
社長AはRを軽く見遣る。
「アプリか。儲かるのか?」
「いえ、まだ赤字です。クラファンでなんとか……」
Rが答えると、社長Aは小さく鼻で笑った。
「いい時代だろう? 夢物語で金が集まるんだから」
その言葉に、Fの顔がわずかに強張る。
社長Aの口角はわずかに上がり、冷たく光った目がFを捉えた。
「おや……見た顔だな。今はこんなところで遊んでいるのか」
Fは、つっかえながらもどうにか挨拶した。
社長Aは、興味を失ったように辺りを見回した。
「で、君らは“クラファン”で78万? 惜しかったなぁ~、あと22万も足りない」
「締め切りは、まだ明日ですから」
Rが答えると、社長Aはにやにやと笑みを浮かべた。
「まあ俺なら出せるがな……またCに土下座させるか?」
(え? なにいってんだコイツ?)Rは仰天し、それから誰も何も否定しない異常事態に、さらに驚いた。
「ねえってば~、ぼくの写真はもういいの?」
しびれを切らしたFの息子が後ろを振り向いて、うつむいたFの顔をのぞき込んだ。
その様子を見た副社長Bの表情が、かすかに揺れた。
彼女は抱っこ紐を身に着けていた。
「いいなあ……」
副社長Bが小さく言う。
「お前の責任だろうが!!」
社長Aの剣幕に、C以外の全員がたじろいだ。
社長夫妻の、今年産まれたばかりの娘が泣き出す。
副社長Bは、娘をあやしながら事務所を立ち去る。
「社長! 可愛いお嬢さんですね~。将来が楽しみだ!」
Cが極めてあかるい口調でまくし立てる。社長Aは言った。
「精々恵んでやる。覚えておけ」




