Rとアプリの非情な現実
法人登記を終えて三日後、Rの法人用クレジットカードは、残念ながら申請却下された。
「えっ?! ちゃんと資本金も、法人用口座もあるのに? ……何でなんでなんで!? 私、実は何かやっちゃいました?」
高校講師業の帰り道、スマホを握りしめながら、Rは思わず空に向かって呟いた。
会社はできたけど、世間はまだ「信じて」くれないらしい。
頭を抱えつつも、現実は無情だ。法人クラウドサービスは、法人用クレジットカードがなければ契約できない。これで止まれば、アプリのリリースは遠のく。
「ふーん、そりゃ困った。じゃ、コレな~んだ(スチャ)?」
Cが中古車販売店側の事務スペースで椅子に腰掛けながら、指にはさんだカードを振る。
「なに自慢? 性格悪っ」
「良いのかなRさん? お隣の店長にそんな態度で? 今ならトクベツにタダで貸してあげるのに」
Rは戸惑う。経理処理や資金管理は、まだ慣れていない。
「いや、それは……たぶん経理がややこしく……」
「経理なんて後でまとめりゃいい。今止まったら、もっと面倒になる」
Cの言葉に渋々頷きながらも、Rはメモ帳アプリに現状を記録した。起業の最初の壁は、思った以上に非情な現実だ。
信用ゼロの自分と、資金だけの会社。これではペーパーカンパニーを疑われてもしょうがない。
C店長はとっくの昔に実家の市営住宅へ帰って行った。現在、真夜中の中古車販売店に残っているのは、Rだけ。
C店長の法人カードで契約できたのもつかの間ーー法人クラウド環境の構築は、さらに泥臭かった。
APIキーを設定したはずなのに、アプリは地図を読み込まない。
「Request denied」
画面に表示される英語の文字列を前に、Rは椅子に深く腰掛け、ため息をつく。専門的な英語がズラッと並び、意味が掴めない。
「Deniedて……何が拒否されたの?」
流石に遅くなった。家族が心配するだろうし、私も帰ろう。Rは中古車販売店を合鍵で施錠した。直後、Cが契約している店舗用警備システムが、自動開始する。
Rは実家で引き続き、ネットフォーラムや公式ドキュメントを必死に漁る。
どうやら請求先情報が「テスト」扱いになっていたらしい。
手順を修正し、APIキーを再発行して、ようやく見覚えのある地図が表示された瞬間、Rは椅子の背に体を預け、天井を見上げた。
外はまだ夜明け前。Rは初めて徹夜でゲームした中学時代を、ふと思い出した。あの高揚感、親にバレないよう布団に潜り込んで、無課金だから大量の勉強時間を棒に振ってーーでも、自分の手で。
あの頃Rは“遊ぶため”に起きていた。
今は“作るため”に起きている。
「……はぁ、やっと一歩」
数日後。RはCの店までの移動時間を惜しんで、一人実家で作業していた。
一難去ってまた一難。
今度はFirebaseの無料枠が切れ、アップロードが止まった。
届いた通知はすべて英語。
「‘Your plan limit reached.’?……はぁ、もういや……」
スマホで翻訳アプリを立ち上げ、通知を日本語に変換する。
課金プランの確認、クレジットカードの再設定、サーバー容量の増強。
一つ一つが小さな支障だけど、重くのしかかる。
「止めるわけにはいかない……ここで諦めるわけには」
Rは深呼吸し、キーボードを叩き始めた。
手元のアプリ画面に映る自分の作った世界。それがリアルに動く瞬間を、心の中で想像する。
メッセージアプリの通知音が鳴る。相手はC。
《困ったことあったら、いつでもメッセして。俺結構ヒマだから》
Rは微笑む。独りじゃない。小さな事務スペース、Cの存在、そして自分が作ったアプリ。
ここからが、本当の再出発だ。




