有給取ってくたびれ儲け
Rのスマホが震えた。画面には「M部長」からの通知。
《R、応募者一覧の名前見てびっくりした!でも身内だからって手は抜かないよ~(´∀`)》
思わず笑みが漏れた。けれど心臓は脈打つ。
探検部の先輩、M部長は、今もあの茶目っ気とカリスマそのままに、観光協会の職員として働いている。
「あああ~~~~~~ほんとに応募しちゃった……」
Rは窓の外の曇った空を見つめた。
あの大学2年の頃。探検部でM部長や親友のFと過ごした時間。
あの頃の情熱と葛藤は、就活、そして社会人生活の始まりとともにに押し流されていた。
でも、FとSNSで再会して交わしたたった一言が、眠っていた何かを呼び起こした。
数日後、郵便受けに届いたのは「一次審査通過」の通知。
次は、市民参加型の公開プレゼンだった。
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会場は県立の小劇場。平日の昼下がり。
Rは上司や同僚に頭を下げ、なんとか有給を取り、私物のノートPCを抱えて遠隔会議システムを立ち上げた。
現地参加も可能なハイブリッド形式だが、M部長のメッセージが脳裏をよぎる。
《現地に来る人は本気だよ、R》
その瞬間、スマホにFからの画面通話が飛び込んできた。
「R!息子はお母さんに預けてきた!会場でRの勇姿、見守ってるから」
自撮り棒で映るFの背後には、閑散とした小劇場、色褪せた外の掲示ポスターや、劇場内に吸い込まれていく暇そうな老人達の姿があった。
「……あれー?向こうに知り合いっぽい人が見える。じゃ、切るね~!がんばらんばー!」
通信が途切れ、Rは再びPC画面へ目を戻す。
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既に限定視聴配信されている小劇場のステージ。
前に映る制服を着た男子高校生は、その母と思しき女性、少し年嵩の女性、雰囲気的に高校の進路指導教師あたりだろうかーーー?に見送られ、舞台上の席に。その横には、高級電子ウォッチをちらつかせるスーツ姿の男性。
着席していた南アジア系らしい若い女性は、民族衣装に身を包む。途中ステージ前に手招きされると、忘れ物であろう眼鏡を受け取って微笑んでいた。杖をついた老人もゆっくりと腰を下ろす。
画面越しに見えるのは、地方都市の縮図そのものだった。
遠隔参加者の中には、バックパッカー配信者カップルもいた。登録者は二桁。Rは思わず首をかしげた。どうやって生活しているのだろう。
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司会の声が響く。
観光協会会長のあいさつが終わり、プレゼンが始まった。
杖をついた老人は協会関係者かと思いきや、実は郷土史家としての参加者。
高校生は、地元で「1円起業」した高校生社長。
民族衣装の女性は留学生で、流暢な日本語で地域交流のプランを語った。
スーツ姿の男は、Rの目からすれば補助金目当てのコンサルタント。だが表面上は完璧なプランと自信に満ちあふれた笑顔を貼り付け、拍手をさらっていた。
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Rの順番が来た。
深呼吸をして、スライドを進める。
「知られざる場所を、誰でも見つけられる地図に」
老人たちは小首を傾げ、留学生は時たまメモを取り、配信者カップルは順番待ちでミュートした画面の隅だが、何やら談笑している。高校生社長は礼儀正しく座り、エリート風の男は腕時計を見たまま動かない。
Rはなんとか最後まで話し切った。まばらな拍手が会場に広がる。
質問タイム。
観客席から、一人の男が手を挙げた。
Cだった。
ゆっくりとマイクを取り、穏やかな声で言った。
「Rさん。仮にも地図アプリなのに、地図機能が弱いのは致命的では?ーー その点、どうお考えですか?」
会場がざわめく。Cのとなりに居たFは、ぎょっとして彼を見上げる。Rは息を整えた。
「……おっしゃるとおりです。現段階では、ユーザーの投稿で地図を“育てる”仕組みを取り入れる予定です」
声が少し震えたが、言葉は届いた。
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プレゼン終了後、アンケートが配られる。
Cは名前だけ書き、「代わりに出しといて」とFに手渡すと、静かに会場を後にした。
その夜、RのスマホにFからDMが届く。
@f_xoxo**** やったねR!C君の質問、よく切り抜けたよ!
Rは短く返信を打ち、ふと窓の外を見た。街の灯りが、白い息に滲んでいる。
「めっちゃ疲れた…………明日も仕事か」
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(2025年12月・別地方都市の片隅にて)




