Rの門出
ここは、Cが経営する中古車販売店。
オフロード沿いにたたずみ、のぼり旗がパタパタと風に揺れる。
安っぽい店の作りは、誰もが気後れすることなく、ふらっと立ち寄れる雰囲気を醸し出していた。
Rはその事務所の一角に立つ。
Cは店の奥で模様替えの真っ最中だ。
「とりあえず、事務机は動かしといたから。パーテーションは、Rさんが自分で買って。んで、送付先はうちの店にすればいい。…着払いにはしないでね。(指振りをチッチッチ)」
――この人、何あたりまえの事を言ってるんだ? そんなに私って、常識無いように見える? と思いながら、Rはうなずいた。
Cの店の一角、ちょっとしたデスクと書類棚、そして簡易のパソコン机が置かれただけの簡素なスペース。
だが、これからはRの会社の“本店”となる。
「こんな感じで、ほんとにいいの……?」
Rは自分に問いかけるようにつぶやく。
Cは店の奥で、作業の手を止めて微笑む。
「大丈夫。登記もここでOK。書類も出資も、俺は一回全部やったことあるから、分かんなかったら何でも聞いて~」
Rは深呼吸して、定款のコピーと印鑑を手元に揃えた。
法人設立の手続きは、書面と印鑑の世界だ。
公証人役場の認証、法務局への登記申請、出資金の振込――その一つ一つが、仮想現実をリアルにする儀式のようだ。
「まずは会社名と事業目的、所在地を決めよう。アプリ運営だから“IT・地図サービス”でまとめればOK」
Cが、バインダーに挟んだコピー用紙に書き込む。
Rも持参したノートPCを広げ、株式の配分や役員構成を整理する。
Rが代表取締役、Cは取締役兼出資者だ。
「ここに書くのが、本店所在地……なるほどね、C君の店舗住所を使えば、自宅バレの心配なし」
Rは小さく安堵した。
出資金は、RとCが事前に発起人としてRの個人口座に振り込み、振込証明書を銀行から取得済みだ。
定款を公証人役場で認証してもらい、ようやく法務局に書類を提出する。
なぜ士業の事務所は法務局周辺にやたらめったら多いのか?
――Rは身を持って理解した。
窓口の職員が書類に目を通す姿を、Rは祈るようにじっと見つめる。
すべてが「リアル」になる瞬間だ。
「よし、これで設立手続きは完了っと。次は信用金庫か地銀で、法人名義の口座を作ろう。どーせメガバンクに作ったって、出資はしてくんないしな~」
信用金庫までの道のりを運転するC。
若干の怨念がこもったその内容に、Rは目をまるくした。
「そうなの? 私はまだそんな借金できるレベルじゃないけど……次はクラウド契約とAPI契約、そしてリリース準備しなくちゃ」
Rは手元のアプリに目を落とした。
大学時代にプロトタイプを開発し、新たにブラッシュアップした拡張型仮想現実地図アプリは、すでに完成済みだ。
無事法人口座も開設し、Cがその場で運転資金として追加の入金手続きを行った。
「これで当面の運営資金はバッチリだろ」とCが笑う。
その頼もしい後押しに、Rは内心で感謝しつつ、ついでに自身の個人口座も開設した。
――あとでメガバンクから資金を移して、自己資本も法人口座に入れておこう。
信金職員との名刺交換。これからは、いよいよマーケティングや収益化、そしてクラウドやAPIとの連携作業がRを待っている。
Cの店の一角を間借りした小さな事務スペースは、今やRの未来の会社の心臓部だ。
「ここからが本番、……かあ」
Rはつぶやき、デスクトップPCの電源を入れる。
その隣で、マグカップに残る熱々のドリップコーヒーの香りが、Rの鼻腔をくすぐり、心を癒やした。




