チワワ諸君、祈り給え。
――祈り給え。健全なる精神が、健全なる肉体に宿らんことを。
かの有名な、古代ローマの詩人ユウェリナスは詩に書いた。
「つまり……体鍛えたら精神力も自動upって話ではないですよね?」
「そりゃあそうさ。もしそうだったら、運動部出身の犯罪者は、ゼロじゃなきゃおかしい」
Rは、じいさん先生が顧問を務める男子ハンドボール部の合宿に、副顧問として参加していた。
何もかも知らないことだらけ。
「R先生! すっげー違います。スポドリの溶かす割合は1:20」
Rは粉ドリンクを一袋開封し、デカいジャグラーに水道水を溜めて溶かした。
「スコアの付け方はこう」
じいさん先生から渡されたノート。
試合や練習で、誰が得点したか? 失点は誰が関与したか?
などをRは記録する。
練習試合や合宿での分析用の生データになるものだから、間違えないようにしっかりと。
「急病人が出ました! 病院連れてって、あ、保護者にも連絡」
年々深まる酷暑。
気をつけてはいても、軽い熱中症など日常茶飯事だ。
Rは、じいさん先生と部員のチワワ諸君に言われるがまま、ワタワタと手伝っていた。
ホイッスルが鳴った。
『試合、終了~!!』
もう夜だ。
練習試合の対戦相手校にも手伝ってもらい、全員で体育館の清掃や、後片付けを終える。
忘れ物もないかチェックすると、ようやく消灯。体育館は施錠。
Rは用務員室へ鍵の返却。
その他自校と他校のハンドボール部御一行は一足先に、高校敷地内にあるオンボロのクラブハウスへと帰還した。
Rは汗だくの身体を引きずった。
付添いしかしていないが、やはりどっと疲れた。
女性専用区画ですべて賄った後、じいさん先生含むハンドボール部一行と合流した。
食事は仕出し弁当。
プロテイン補給する部員や、支給の弁当だけじゃ足りないからと、持参した軽食を頬張る部員も多かった。
食事を終え、クラブハウスの灯りがひとつ、またひとつ消えていく。
これでは学校の課題どころではない。
外はすっかり夜。
校舎のガラス窓に、グラウンドのナイターがぼんやり映り込んでいる。
部員たちは疲れ果て、寝袋の中でそれぞれの呼吸を立てていた。
カーテンの隙間から、虫の声。
廊下の奥では、扇風機が低くうなり続けている。
Rは眠れなかった。
今日、何人も倒れた。
救急搬送まではいかずとも、点滴を受けた生徒もいた。
――健全なる肉体。
あれだけ鍛えても、限界を超えれば簡単に崩れる。
なら、健全なる精神って何だろう。
ノートパソコンを閉じ、外に出る。
夜風がまだ湿っていて、皮膚に貼りつくようだ。
グラウンドの片隅、ネットをたたんだゴールポストの影。
そこに腰を下ろし、Rはぼんやりと星の少ない空を仰ぐ。
――体を鍛えることと、心を鍛えることは別物。
けれど、どちらが欠けても、人は倒れる。
昼間、スポドリの配分を間違えたことが、なぜか頭を離れなかった。
あれも“バランス”だ。濃すぎても、薄すぎても駄目。
心と体も、きっと同じなのだろう。
どちらかが先走れば、もう片方が悲鳴を上げる。
「――祈り給え、か」
Rは思わずつぶやいた。
たしかに、祈りでもしなければやっていられない日もある。
けれど、祈るだけでは誰も救えない。
夜風に吹かれながら、Rはようやく息を整えた。
健全とは、完成された状態のことではない。
倒れても、立ち上がろうとする意志のことだ――そう思った。




