愛すべき人になりなさい
今となっては笑い話の類だが――
Kは12歳上の兄・Cから、溺愛のすべてを浴びて育った。
そのせいで幼い頃のKは、わりと真剣にこう信じていた。
自分は客観的にも、カワイすぎる。
「Kくんカワイ~! Kくんえらい! いい子いい子、ぎゅーってしてあげる! Kくんだいすき」
「兄ちゃんってほんとウザ~い! でもまあいないと困るけど~」
口では塩対応。でも内心では、
“兄に愛されて当然”“兄の愛情表現がちょっとウザいのは仕様”
――そんな自己肯定がKの中で確立していた。
わがまま? なんとでも言え。俺が羨ましいだけだろ。
Kには、生まれた土地の記憶がない。
物心ついた頃には、自然教室「パプティノコン」で兄に抱きしめられていた。
夏でも涼しい高原のキャンプ場。
就学前のKは、キャンプファイヤーの火を見つめながら、隙あらば高校生の兄に抱っこされている。
もしここが蒸し暑い市営団地だったら――Kは間違いなく、兄を張り倒していた。
ほかの子どもたちはその光景に慣れきっていて、誰も驚かない。
兄の“身内びいき”は有名すぎて、もはや風景の一部だった。当然ボランティアなど務まらない。
そんな中で、当時の代表・T女史――通称T師がマイクを握る。
「それではみなさん。歌います。愛すべき人に、お成りなさ~い♪」
作詞:T師。作曲:ご近所の元音楽教師。
妙に完成度の高い“オリジナル合唱曲”だった。
〽
皺だらけの手を振り払った夜
むかしはまるで逆だったのにね
喧嘩後 気まずい食卓で ひとりカレー温めた
すくったスプーンの味
いまはもう分からない
愛すべき人になりなさい
愛すべき人になりなさい
湿った黒の鼻 布団にこすりつけ
爪で引っかき 私を起こした
甘えてじゃれて散歩して
ある日動けなくなった朝
心と心は既にもう通わない
愛すべき人になりなさい ×3
失われた絆を呼び戻し
優しくつなぐよ 永遠に
――ぱらぱらとまばらな子ども達の拍手。
T師は無駄に歌がうまい。
だがCは、あからさまに気に入らなかったようだ。
「まーた始まったよ、あのオバハン」
Kは小声で尋ねる。「ねえ、“愛すべき”ってどういう意味?」
「はあ? 自分で考えろ」
“ものしりな兄”なら教えてくれると思っていたのに。
Kは少しむくれた。そのふてくされた顔がまた兄のスキンシップ欲を刺激する。
そんな二人に、T師が近づいてきた。
「Kちゃん。“愛すべき”ってのはね――」
「インチキペテン師は黙ってろ」
「まーひどい。愛が足りてないわ、この子。牛乳飲んだら?」
「えっ!? 愛って牛乳!?」
火の粉がふわりと舞う。
その火花を見上げながら、Kは人生初の“愛という謎”に答えを見いだそうとした。




