Rの挑戦
Rは舞い戻った実家の自分の部屋で、地図アプリ開発の傍ら、テスト採点業務を進めていた。
学校でスキャンした生徒たちの答案用紙データを読み込ませると、AIが文字を自動認識して、瞬時に穴埋めの正誤を判定する。
「お! うまくいった~。しめしめ♪ これを3年主任に献上すれば…私のこと、少しは見直すよね~」
Rは画面を見ながら小さくつぶやき、手元のアプリを操作する。これはただの採点アプリではない。手書き文字をOCRで読み取り、正解と照らし合わせ、間違いがあれば「再確認」フラグを立てる仕組みが組み込まれていた。
アプリ導入後、想定される状況はこうだ。嫌味ったらしい3年主任に、生徒が近づいてくる。
「先生、ここ違ってます!」
3年主任は、自慢げに答える。
「あ~ら、そうなの? ちょっと待っててねぇ。スキャンデータと照らして、再採点するからね」
嫌味っぽい3年主任がそう言って照合してみると、なんと答案の書き換えを発見。
主任は怒りに震えながら、「受験勉強をなんと心得る!」と説教開始――。
一方その隣で、Rは正直な申告者の答案(PDFを印刷したもの)を確認し、アプリを数タップ。正しい点数を修正して再印刷する。
「はい、これで正しくなったよ。データも修正するね。申告ありがとう!」
自由記述の問題はまだ人間の目が必要だが、穴埋めや選択問題ならAIでほぼ自動化できる。こういう観点では、非常に優れている。穴埋め問題よ、悪く言ってすまなかった。
Rの想像はふくらむ――数カ月後、Rは効率化によって生まれた余裕の時間で、自作アプリの開発に取り組む。学習管理システムと連動させ、生徒の理解度を可視化するダッシュボードも作っている。
「テストもアプリも、一緒に進められるのが面白いな…」
想像上のRは、生徒のテスト用紙の束を複合機でまとめてスキャンしながら、AIの学習データに新しい情報を流し込む。
それからRの端末に表示された採点結果には、単なる点数ではなく、
〈問題3の誤答傾向:計算プロセス途中で符号反転の思考ズレ〉
〈集中度:中盤で低下傾向〉
〈学習サイクル:朝より夕方のほうが正答率高〉
など、AIが自動生成した“学習レポート”が並んでいた。
Rは思わず笑う。
「もう、教師より生徒のことわかってるじゃん……」
Rは想像上の画面を閉じた。ここはまだ、実家の自分の部屋。軋むキャスター椅子の背にもたれかかった。
「……でもな~」
私用デスクトップモニターの隅に表示される、匿名質問箱の炎上記事リンク。
SNSの授業で扱う予定の教材だ。
AIがどれだけ正確でも、ああいう“炎上”を防ぐことはできない。
数字にも、傾向分析にも出てこない、人間の「ノリ」や「場の空気」の問題だ。
Rは机の上のプリントを手に取る。
〈炎上対策教育の指導案〉と書かれたその紙には、手書きのメモが重ねられていた。
――AIは「悪意」を読まない。けど人間は「悪意を作る空気」を読む。
「……結局傷つくのは、生身の人間なんだよね」
Rは学校から貸与されたテレワーク端末を取り出し、情報授業の素材をチェックする。
学校サーバー上に架空の模擬SNSを構築し、生徒には初回授業で、自由にプロフィール作成や、ささいな日々の不満を投稿してもらった。
この中から、ごくありふれた不満投稿を2~3人ピックアップし、生徒が傷つかないよう的外れなコメントではあるが、疑似炎上状態を作り出す。
そしてあくまでプロフィールの学校名や学年、写真から本人を特定し、最後に本名や出身中学までを晒す。
ここまでが現実で起こるとどうなるか?
実際の裁判事例や被害者目線だけでなく、加害者として開示請求された場合や、保護者あてに損害賠償請求されたらどうなるか? SNS投稿の是非を話し合う授業。
それを、人と人の対話で学ばせる。




