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恵まれた人よ、汝はさいわいなり

 CとK兄弟が洗車中、Cのスマホに着信が入った。

相手は兄Cの前職―――同じく退職済みのFのいわく「漆黒企業」。高級自動車ディーラー・DDオート社のA社長から直々の、下取り車買い付け依頼だった。




「あと俺一人で洗車するのかよ!? また客が来たらどうすんの?」



弟K必死の訴えも虚しく、さすがにもう来ねーだろ、とCはサラサラと手帳に走り書きして、あくまで整備士であるKに対応メモを渡す。



【店長は営業まわりに出てます。何時に戻るか分かりません、それでもよろしければどうぞ】



「じゃ、何かあったらメッセージアプリでな」



兄Cは有無を言わさず営業車で出発してしまった。


Kは車が見えなくなった途端、洗車用スポンジをバケツに放り込む。



「……てか焼肉は? いま冷蔵庫漁ったらバレるかな」





 DDオート社、屋内展示場のバックヤード。


Cは裏口ゲートから入り、車を降りると、四方の安全を確認しつつ従業員専用入口に駆け寄った。元上司にあたるA社長が、腕組みしながらCを待ち構えている。



「遅い!! 下請けが待たせるとはいい度胸だな」



「申し訳ありません、A社長。相変わらず道が混んでまして」



「つべこべ言わずさっさと来い!!」



二人は店内には入らず外側をぐるっとまわり、客用駐車場の一角へ出た。A社長が指さした先にあるのは、型落ちの海外電気自動車だ。



「あー……これは~……珍しいですね? 左ハンドルだ」



「フン、気取りやがって。Bのやつも確認しないで安請け合いするからだ」



BとはA社長の妻であり、今まさに展示場から一組の親子客の、旧帝大進学という門出を見送った、ベテラン女性副社長である。



「げんきそうねC君、弟さんと仲良くやってる?」



「はい。それはもう! なんとか専門学校は出させていただいて、社長と副社長には感謝してもしきれません」



「その! 弟の! 学費稼いで辞めたやつに言われてもな」



「あなた…なんでそんなふうに言うの。今どき感心な若者じゃないの、C君は新卒の頃から一生懸命――」



B副社長が何を言ったところで、A社長の怒りゲージは溜まる一方だった。B副社長もB副社長で、空気が読めないのか、はたまた読む気がないのか? CはA社長の残り僅かな沸点を察知し、本題に入った。



「ところで社長! いくらご希望ですか?」





 Cは泣く泣く契約書にサインした。――最悪だ。狙っていた官公庁オークションの、レトロ車購入資金がパアだ。手近な顧客に外車好きなんか一人もいない。民間オークション出品か、はたまたネット掲載か――セキュリティの見直しや車両保険の確認――そもそもまず、この左ハンドル型落ちEVの説明書を、読み込む必要がある。



「ただいまー」



営業時間はとっくに過ぎたはずの中古車販売店。しかし店内は明るく、肉の焼ける音と食欲をそそるタレの匂いが充満していた。



「あ、お邪魔してまーす! ちょっとP! 肉ばっか食べてないでお義兄さんにご挨拶してよ」



「もごもごもご、もごご。……すっげーうまいです! おかわりいいですか?」



「ごめーん兄貴! こいつ嫁の弟!」



「せめて換気しろ!」



 Kは兄Cを待ちくたびれ、一足先に冷蔵庫から盗掘した肉や野菜をホットプレートで焼こうとしたものの、罪悪感に耐えかねた。



そこでKは思いとどまらず、自宅アパートに引き返し、准看の夜勤明けで寝ていた妻Iと、その弟Pを学校帰りに車で拾い、焼肉パーティーを開催している真っ最中だった。



Kは、窓を開けながら、弟らしいはしゃぎっぷりを見せる。タイヤ交換もガラコ施工も終わらせてあり、仕事は最低限カタがついていた。




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