表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/128

脱婚ブルース

 大学の近く、少し街外れの古びたカラオケ店。


 学生のころから通っていたその店は、天井がやけに高くて、どの部屋も無駄に広い。


 狭いワンルームに慣れた今となっては、それだけで懐かしい空気がした。Rのお疲れ会が、ささやかながらM部長の提案で開かれていた。



「離婚じゃねえ! 脱婚だ! バツイチじゃねえ! ダツイチだ!」



 マイクを握るFが叫ぶように歌う。演歌でもロックでもない、妙に魂のシャウトがこもった替え歌だ。


 曲のサビでは「結婚は墓場~☠」と手振りつきで熱唱し、最後にお決まりの一節。



「産んでねぇ長男、ミルク頬張り、義実家帰れ~♪ 義母とねんねしな~!」



 店内の照明がチカチカと点滅し、誰かがテーブルに突っ伏して笑い転げた。


 Fの息子が、静かに母親の腕の中でまぶたを閉じる。


「ママー、ねむい。ぼくはみがきしなきゃ……」


 歯ブラシの幻影を探すように、スヤァと寝息を立てた。



 時計を見たFが、少し焦った声で言う。


「やば、もうこんな時間。いったん帰るね。親に預けて戻るから!」



 そう言って出ていったが、結局戻ってはこなかった。


 おそらく、実家で「もう夜遅いでしょ」と引き止められたのだろう。



 人数が減ってしまい、間がもたなくなったM部長が電話をかけた。


「来れる? キミ呼んだら絶対来るでしょ。二次会いつもの居酒屋だから」


 半分冗談、半分本気。男手があったほうが安心だから、というのが理由だった。


 もちろん、そこまで治安が悪いわけではない。


 ただ、女だけで深夜に飲むには、なんとなく落ち着かない。



 Cが到着し、彼は残り少ないカラオケ店の利用時間で、レゲエをかけながら謎のラップを披露した。


 室内はエアコンが効いているはずなのに夜風を感じ、Rは無意識に肩をすくめた。



 Rは最近、転職を考えていた。


 今の会社は残業が多く、平日8時間・週休二日制という名の罠。


 有給は取りにくく、ポジティブ休職なんてもってのほか。


 育児やメンタル含む疾患、介護以外の「余白」を認めない職場に、息苦しさを覚えていた。



 居酒屋の個室で、Cが提案する。


「Rさん、情報教諭の免許持ってたよね。非正規の講師やってみたら?」



「なんで知ってるの?」とRは驚いた。



 Cは軽く笑って答えた。


「同じ大学じゃん。教職課程で見たことあるよ。俺も取ったし」



 焼酎グラスの氷が静かに溶けていく。


 高校教職課程の膨大な単位数についてや、教育実習中の気苦労の数々、かつての学生時代に少しだけ戻るように続いた。



 店を出た瞬間、街灯の下で妙な声が飛んだ。



「みーちゃった、みーちゃった! しーちゃんに言ってやろう!」



 酔っ払った怪しげな初老男性が、ビニール傘を振りながら近づいてくる。


 どこかで見た顔だ、とCが気づく。



「こんばんは、三郎さん」



 彼はS家から勘当された元当主であり、四乃と四郎の実父だった。


 しわだらけの頬に安酒の匂いを漂わせ、舌足らずに笑う。



 Cはまったく動じず、涼しい顔で言い返した。


「言いたきゃどうぞ? ただのスポーツ仲間だし。


 あなたは、草野球のチームメイトが異性と飲みに行っただけで騒ぐんですか?」



 三郎はゲラゲラと笑い出してCの肩を組み、夜の繁華街へ消えて行った。


 その横を、RとMは何も言わずに通り過ぎた。


 夜の街に、Fの替え歌の残響がまだ響いている気がした。



「手相占い、いかがですか? 1000円ですよ」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ