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推しの匂わせ

「あなたになんの権利があるんです? ――四郎」


その一言が、病室の空気を引き裂いた。

LEDの白が、やけに冷たい。


Cはゆっくりと左手を上げた。

薬指に光る、白金指輪――亡き二郎氏の形見。

四郎が勝手にサイズ直しして、Cと四乃に押し付けたものだ。


指先でそっと外し、机の上に置く。

カチリ、と小さな音が響く。

四郎の瞳が、それに釘付けになる。


四郎の指が机を叩きそうになり、しかし途中で止まる。

口を開きかけたその瞬間――


ガチャリ。


「お兄様……Cさん……」


四乃が、病室の外に白い紙袋を抱えて立っていた。

中には、差し入れのドリンクゼリーと、冷えたペットボトル茶。


その表情は、こわばった笑顔になりかけて――固まる。

Cは振り向かない。

だが背中越しに、確かに四乃の気配を感じ取っていた。


四郎が先に声を掛ける。

「……四乃、来ていたのか」

「はい……差し入れを……でも……いま……」

彼女の声はかすれていた。


Cの口元に、かすかな笑み。

「……タイミングがいいですね」


ようやく振り向き、静かに言う。

「ちょうど、“夫婦の終わり”を話していたところです」

「……え?」


一瞬、時が止まる。

四郎の瞳が燃えるように光った。


「C!」低く、怒りを抑えた声。

「その口を慎め」

「慎む? 今さら?」


Cはわずかに笑い、四郎様の方へ一歩。

「彼女の前で取り繕っても無駄ですよ。

 俺たちの関係なんて、もうとっくに——」


「やめてっ!!」


四乃の声が、鋭く響いた。

ゼリーのパッケージが床に落ち、ポテ、と静かな音を立てる。


「四乃……」

「もうやめてください! 二人とも……!

 法事のときも、病院でも……私の知らないところで、

 何を言い合ってるんですか……!」


涙をこらえながら叫ぶ四乃。

Cは、その姿を真正面から見つめた。

そして、静かに目を閉じた。


(……ああ、これでおしまいか。ようやく解放される……)


四郎は拳を握りしめながらも、何も言えない。

なにか言えば、すべてが壊れる気がした。


その沈黙の中、Cが小さく笑う。

「……大丈夫ですよ、四乃さん。“お兄様”は優しい。

 あなたのことも、俺のことも、

 ――どちらも手放せないだけです」


「っ……!」


静かな爆弾が落ちた。

そして、三人の間に、完全な沈黙が落ちる。


風がカーテンを揺らし、白い布の影が壁を滑っていく。


「誤解だ、四乃」

四郎の声はかすれていた。

「Cは……その、混乱しているだけなんだ。医師も言っていた。心の疲れだと」


「……心の、疲れ?」

「俺のことを“患者”扱いですか」


C苦笑を浮かべながら、ゆっくりと歩き出す。

「あなた、本当に器用ですね。誰の前でも“完璧な兄”を演じられる」


「やめろC。オマエがどう感じようと、今は——」

「“今は”……? 便利な言葉ですね」


Cの声は低く、静かで、冷たい。

「今は、妹のため。今は、家のため。

 じゃあ、あなた自身のための“今”は、いつ来るんです?」


一瞬、四郎の表情が止まる。

まるで急所を刺されたように。


「……俺はもう、あなたに従えません」


ゆっくりと四乃のほうを見やる。

「だから四乃さん、俺があなたを自由にする」

「待って! Cさん、どういう意味ですか!」


「俺はもう充分に“家庭”を学びました。

 閉じ込め合うことじゃない。

 ――支配なんて、家族愛とは呼べない」


「支配だと?!」

四郎は一歩踏み出し、声が震える。

「俺は……俺はただ……オマエたちを守りたくて……!」


「守る? アッハハ……笑わせるな」


Cは顔を上げ、真っ直ぐに四郎を見据える。

「あなたは“家”を守ってるだけだ。

 俺たちのことなんか、一度も見てない」


「やめて!!」


病室に四乃の泣き叫ぶ声が響いた。

「そんなの聞きたくない! 二人とも……!」


だがCは止まらない。

「……あの日からずっと、あなたが俺を見たのは、

 “妹の旦那”だからでしょ。でも俺はもう違う。

 だから言う。――俺を、解放してくれ、四郎」


「……!」


一瞬、時間が止まったようだった。

その呼び捨てが、今度こそ確信に変わる。


(やはりコイツ……俺を見ているのは、単なる妹の兄としてじゃない……)


その思考を遮るように、Cは続けた。

「俺は逃げません。でも、この檻からは出ます。

 それが俺の、生き方だから」


そう言って、扉の方へ向かう。

廊下の光の方へ、まっすぐ。


四郎は叫ぶ。

「待て、C!」


Cは振り返らない。

ただ最後に、低く呟いた。

「……“守る”なら、本気で見ろよ。んじゃ、ちょっと手洗い行くわ」


扉が閉まる音。


残された四郎と四乃。

沈黙。


Cの言葉がまだ、胸の奥で燃えている。


「お兄さま! Cさんと……そんな、ただならぬ関係だったなんて……!」

「そう言った表現はよせ。だが、不倫などは一切ない」


(心の中では推し活全開♡(˃͈દ˂͈༶)。Cの存在は尊く、あらゆる妄想が暴走しているが、表向きは冷静を装う……(・–・)\(・◡・)/!)


四郎は眼鏡を押し上げ、心の奥でひそかに決意する。

(どんなことがあっても、俺は推し活に全力を注ぐ。Cの尊さは絶対に守る……!)


病室の空気は落ち着きを取り戻しつつも、兄妹間には微かな緊張感が残る。

外から差し込む夕陽が、静かに影を伸ばした。


「嘘おっしゃい。さっきCさん、自分からそれっぽいこと言って出ていきましたよ?」

「……オマエな~。そうやすやすと奴の術中にハマるなよ。兄として、心配だ」


すると外からナースらしき鋭い声――


「――待ちなさい!Cさん! まだ先生の退院許可は出てませんよ!」


『……え?(T_T)\(ಠ_ಠ)』


驚く兄妹二人の耳に、さらなるナースの追撃。


「明日はまだ最後の検査が残ってますよ! 男性不妊の!」

「ちょっ、ちょっと用事が……!」


Cの焦り声がした。

その後観念したのか、外には再び静寂が流れる。



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