推し詣で参拝中
四郎はゆっくり深く息を吸い、立ち上がる。
喪服の裾が揺れ、指先が震えながらも決意を握りしめる。
(全力で生きるこの姿……尊い……甘美……!
俺は……絶対に守る……この命の輝きを、誰にも渡さない……!)
胸の奥で妄想と決意が渦巻き、理性と熱情が完全にせめぎ合う――
四郎の心の中で、Cが女だったら即不倫再婚モードと、
全力で守護る覚悟モードが同時進行する。
その震える感覚こそ、四郎にとっての「尊さの極地」だった。
(……もしコイツが女だったら……!)
脳裏に一瞬で、まったく別の「現実」が開く。
法事も、病室も、S家のしがらみも、すべて色を失う。
その中心にいるのは――柔らかく笑うC。
『もういいですよ、四郎様』※妄想
『そんなに心配しなくても、私はここにいます』※妄想
声が、温かい。
目が、まっすぐだ。
――その一瞬、理性が焼け落ちる。
(ダメだ……そんな目で見るな……!
おまえが女だったら……もう、俺は……!)
現実のCの指が、ふと、四郎のモーニングの袖を掴む。
その仕草が、妄想の何百倍も静かで、妄想の何千倍も罪深い。
(触れるな……理性が……保てん……!)
「四郎様のそんな顔……俺、初めて見ました」
「……ッ」
息が止まる。
目をそらすことができない。
(ああ、ダメだ……完全に堕ちてる……この生き様、この真っ直ぐさ……
もし女だったら……俺は……即、離婚してでも、迎えに行っていた……!)
だが、次の瞬間――現実が戻る。
白い病室、鳴るナースコール、外の光。
(くそ……! 何を考えている……!)
理性が全力で反撃する。
「そんな妄想は抹消しろ」「俺は喪主だ」「推しバレするぞ!」
だが、心の底では、まだ熱が残っている。
(……尊い……全力で生きる姿が、こんなにも……甘美すぎて、現実が霞む……)
無言で眼鏡を外し、指で眉間を押さえる。
それだけで誰も近づけない威圧感。
けれど胸の奥では――
(推しは誰にも渡さない。
この存在を、どんな形であれ、絶対に……逃さない)
【病室・翌夕方】
柔らかな西陽がカーテン越しに差し込む。
時計の針は午後五時を少し過ぎたところ。
静寂を破ったのは、Cの低い声だった。
「……俺の扱い、ずいぶん慎重ですね」
「……何の話だ」
「いや。監視つきの入院、面会制限。
医師からも“あまり刺激を与えないように”だそうで。
——まるで俺が、病人みたいだ」
四郎の手が、机の上で止まる。持ち込んだ仕事書類の端が、かすかに震えた。
「オマエの体調は安定していない。検査結果が出るまでは当然だ」
「体調、ねぇ」
Cは鼻で笑い、目を伏せた。
「つまり、“頭”のことか。錯乱だとか、情緒不安定だとか……病名は付かなくても、
“S家”の診断書にはそう書かれるんですよね?」
一瞬、室内の空気が固まる。
四郎の眉間に深い皺。
Cはゆっくりとベッドを降りて立ち上がった。
「言葉は要りません。どうせ“俺が壊れている”と見てる。あなたは、そういう目をしてる」
「誤解だ。——俺は、ただ——」
「……俺のことが怖いんでしょう」
Cが、笑った。
その笑みは静かで、しかし底に青白い炎がある。
「自分が制御できないものが、怖いんだ」
四郎の喉が、わずかに鳴る。
視線を外した瞬間、Cが一歩、近づいた。
「安心してください。俺は逃げません。
でも、“閉じ込められる”のはごめんだ。
俺は自分の意思で、明日ここを出ます」
「勝手な真似は——」
「勝手じゃないですよ。俺の人生だ」
淡々と、それでいて切っ先の鋭い声。
「あなたになんの権利があるんです? ――四郎」
言葉を残して、Cはゆっくりと背を向けた。
カーテンが揺れ、陽が差し込む。
そのオレンジ光の中で、四郎は一歩も動けなかった。




