7話「私は」
紅茶を楽しみつつ、私は、ディコラールに色々な話を聞いてもらった。
重い話も多かった。
今の私は到底明るい気持ちにはなれないような状況に置かれているから。
そんな話をされてもディコラールとしてはどうすれば良いか分からないだろうし、ただ心が重くなってしまうだけだろう――そんな風に考える時、躊躇いは確かにあったのだけれど、彼が目を逸らさずにいてくれたからか気づけば私はかなり踏み込んだところまで話してしまっていた。
「本当に今まで頑張ってこられたのですね」
一旦話し終えた時、彼は静かにそう言った。
「取り敢えず宿を取ってはどうですか?」
「え」
「そのような状況で自宅へ戻るのは辛すぎませんか」
「……はい、確かに、帰りたくありません」
「そうだろうと思います。よければ宿用意しますよ。この辺りに良さげな宿があれば教えてもらえませんか? そうすれば僕が部屋を取ります」
ディコラールの口から出てきた言葉に驚く。
「そ、そんな! 申し訳ないです! 出会ったばかりの方にそのような頼り方、できません!」
慌てて断ったけれど。
「時には頼るべきです」
思っていたよりずっと真剣な面持ちでそんな風に返されて。
「頼ってください!」
どうしてそんな風に言ってくれるの? 私にはよく分からなかった。騙したいとか? 利用したいとか? そういう黒い意図があるのだとすれば彼の行動も分からないではないけれど。でも彼の瞳は真っ直ぐで。悪しき企みを抱えているようには見えなくて。だからなおさら戸惑ってしまうのだ。どういうことなの? そんな答えの出ない問いばかりが脳内をぐるぐる巡る。
彼を信じたい、でも、信じてしまうのは怖い。
けれども心の奥底では既に信じてしまっている私もいるようで。
自分のことすら今はもういまいちよく分からない……。
「出会ったばかりでこんなことを言うと怪しいと思わせてしまうかもしれません。それは僕も理解しています。でも、だからといって、今の貴女を放っておくことはできません」
ディコラールは落ち着いた調子で言葉を紡ぐ。
頼ってしまいそうになる。
縋ってしまいそうになる。
孤独な私にとって彼の言葉はどこまでも甘いものだから――。
「話を聞いてしまった以上、他人事として放っておくことはできそうにないんです」
「私には返せるものが何もありません」
「そういう問題ではないですよ。人助けというのはお返しを求めてするものではないですから」
けれど何度も差し出された手を掴む直前で心が制止する。
「僕だって、貴女にお返しを求めるつもりはありません」
「ですが」
「家に帰っても居場所はないのでしょう?」
「……それは、そう、ですけど」
「そこへ戻れば貴女はまた虐げられる。貴女の尊厳を傷つけた者たちにさらなる痛みを刻まれる……」
少し間があって。
「本当にそれで良いのですか?」
彼はそっと抱き締めるような優しさで問いを放った。
その問いは優しくも鋭くて。
この胸に突き刺さって抜けなくなる。
……そうだ、私が人として生きてゆくには、あそこから離れる必要がある。
ずっと過ごしてきた家。
多少は恋しいかもしれない。
でもあの場所にはかつてのような温もりは欠片ほどもない。
あそこへ戻って、私は何がしたいのか?
私を傷つけたい人間がいるだけの場所。
思い出の中のあの場所とはもう何もかもが違っている。
そんなところへ戻って何の得がある?
また虐められる。
また虐げられる。
きっとそれだけ。
明るい未来なんてありはしない。
なら、私は……。