6話「事情を話していたら」
少し間があって。
「よければマリーさんのことも少し聞かせていただけませんか?」
彼はそんな風に流れを作り出してくる。
想像していたよりぐっと踏み込まれた。けれども不快感があるかといえばそうでもない。相手が何も言わず黙っている状況に比べれば今の方がずっと良い。どんな内容だとしても喋ってくれる相手である方が今の私としてはありがたいのだ。
「あ、もちろん、言えることだけで大丈夫です」
「気を遣わせてしまってすみません。ディコラールさんも話してくださったわけですし、私もお話します。……といっても、あまり面白い話はなくて申し訳ないですけど」
会話は進んでゆく。
「そんなこと気にしないでください、話が面白くないのは僕の方ですよ」
「いえ……ディコラールさんはコミュニケーション能力が高いじゃないですか」
「そうでしょうか」
「そう思います」
「……マリーさんにそう言っていただけると嬉しさが込み上げてきます」
冗談めかして「口説こうとしてます?」なんて言ってみれば、彼は少しばかり頬を赤らめて首を横に振る。それからやや遠慮がちに「そんな。失礼ですよ、僕が女性を口説くなんて」とこぼした。
「私は父と義母、義妹と一緒に住んでいます」
「そうなんですね」
「けど、義母と義妹は私に敵意を抱いているようで……意地悪ばかりしてきて。しかも、しまいに、婚約者を義妹に奪われてしまいました……」
今日出会ったばかりの人にこんな話をされても困るだけだろうな、なんて思いながらも、気づけばほぼ無意識のうちに話してしまっていた。
「なので家には居場所はないんです」
「ええっ」
「婚約者を奪われたショックで家を飛び出してきて、それで、今に至っています。なのでこの後もどうしようといった感じで。家に帰るしかないかなとは思っていますが、帰ればまた嫌な日々が始まるわけで、もう、どうしようもない感じで……」
ディコラールは「それは……お辛い、ですね」と呟くように発する。
――そう、私には、行くべき場所がない。
どこへ行っても嫌われて。
どこへ行っても虐められる。
そんな状況だから、もう、叶うならすべてを終わりにしてしまいたい。
命が終わればすべてが終わる。
苦しみも悲しみも消える。
私にまつわるありとあらゆる問題が消え去って、あとは無になるだけ。
死にたいなんて思うべきではない。
それは分かっている。
生まれた以上生きる義務があるのだとすれば、たとえどんなに辛い人生であったとしても、命を放棄すべきではないのだろう。
でも、そうやって力強く生きるための気力さえ、今はもうあまりない。
「……すみ、ません」
気づけば涙が溢れていて。
「私……こんな、こと……話すべきではない、と……」
「だ、大丈夫です! 大丈夫ですよマリーさん! ですから落ち着いて! 落ち着いてください、ね?」
一度溢れ出したものを止めることはできなかった。
ディコラールに「あの時泣いていらっしゃったのは……それが理由だったのですか?」と尋ねられ、小さく頷く。
「何とか力になれればと思うのですが……」
「いいんです、私の個人的な事情ですから」
「で、でもっ」
「……気にしないでください。他人を巻き込みたくないですし、それに……優しくしていただいていると、それはそれで辛いですから……」
本当に、どこまでも、面倒臭い女だと思う。
困っている話を自らしておいて放っておいてと言うなんて。
「そう、ですか。分かりました。では取り敢えずお茶を飲んでゆっくりしましょう」
ちょうどそのタイミングで二人が注文した飲み物が運ばれてきた。
「マリーさん! ほら、紅茶来ましたよ!」
「本当ですね」
「飲みましょう!」
「……はい」
「良い香りだなぁ。この紅茶、凄く美味しそうですね! 香りが良いです! では、いただきます」
ディコラールの明るい言動は私の心を救ってくれる。
それはきっと、彼の明るさが、純粋さが感じられるような明るさだからこそなのだろう。
偽りの明るさなど誰もが偽りであると気づくものだ。
彼の明るさには純粋さが濃く滲んでいる。だからこそ綺麗なのだ。穢れがない。明るく振る舞うよう努力している、というだけなら、それは所詮形だけの明るさ。けれども、その人から自然と生まれる純粋な明るさは、太陽の光みたいなもの。その光は周囲の人の心の奥まで照らしてくれる。
「マリーさんは砂糖入れる派ですか?」
「そうですね、ちょっと入れます」
「僕もです! 似たような感じですね。僕も、軽く入れるのが好きなんです!」
「良い悪いの話ではないですけど、中には砂糖入れるのは邪道派の方もいますよね」




