5話「喫茶店にて」
つい先ほど知り合ったばかりの異性と喫茶店に入るなんておかしなことだろうか。
……私だって多分こういう時でなければもう少し警戒していたと思う。
まだ何も知らない人。
少し言葉を交わしただけの人。
そういう人から踏み込んだお誘いを受ければ警戒心を抱くというのは極めて当たり前のことだろう。
むしろ、警戒しないという方が不自然かもしれない。
だが今は違う。
もう何がどうなろうがどうでもいい。
だからこそ少々無茶な話であるとしても突き進めるのだ。
「僕はディコラールと申します」
「私はマリーです」
着席するなりそんな風に名乗り合う。
少し前に知り合ったばかりの相手とこんな風に向かい合っているというのは少々不思議な感覚だ。
「マリーさん、ですね」
「はい」
「素敵なお名前ですね」
「ありがとう。……お気遣いに感謝します」
こういう時、どういう話をすれば良いのだろう? なんて思って、これからどうすべきか迷っていたのだが。
「これもきっと何かの縁ですよね。よければお互いのことを知ってみませんか? そうすれば理解が深まるかもしれませんし。もしかしたらより良い関係を築くきっかけとなるかもしれませんから」
ディコラールの方から話し始めてくれた。
かなりありがたい……!
こちらが話題を捻出しなくてはならないとなると負担が大きいので、向こうが積極的に話してくれる形だと非常に助かる。
「マリーさんのおかげでこの店へたどり着けました、感謝しています」
「いえ……大したことはしていません」
お互いメニューを見ながら会話を進める。
「僕、実は、ちょっと離れた地域に住んでいるんです。なのでこの辺りにはあまり詳しくなくって」
「そうなんですね」
「なので誰かに聞くしかないと思ったんですよ。そんな時、たまたまマリーさんをお見かけして、それで尋ねてみようと」
「そういうことだったのですね」
「マリーさんはこの辺りのことにはお詳しいようですね」
「はい。それなりには。家が近所なものですから」
ちょうどそのタイミングでお互い注文するものが決まった。店員の女性を呼び、注文したいものを伝える。女性は注文の確認を終えると、一礼し、流れるような足取りで去っていった。そうしてまた二人の空間に戻る。現在の店内はそれほど混雑していないので、より一層、二人だけ感が高まる。もっとも、他に誰もいないというわけではないので、実際には二人きりではないのだけれど。
「近所ですか!」
「かなり近い、というわけではないですけど、生活のエリアという意味ではそういう感じだと思います」
「それはお詳しいはずですね!」
ディコラールは不思議な人だ。
丁寧で一見紳士のようでもあるが、こうして喋っていると少年のような無邪気さも感じられて、人柄が掴みづらい。
でもそれは悪い意味での掴みづらさではなくて。
ただ複数の面を持っているというだけのことなのかもしれない。
そもそも人間なんてそういうものだろう。
誰もが幾つもの面を持っているもの。時に単純なようで時に単純でないというのが人間という生き物だから。
悪しき行動をしている、ということでなければ、複数の面を持っていたとしてもそれは罪ではないし悪でもない。そういうものを一つ一つ知っていく、というのもまた、人間関係の醍醐味ではあることだろう。
「マリーさんはご家族と家に住んでいらっしゃるのですか?」
「そうですね……」
意外と思いきったことを尋ねてきたなぁ、なんて、何となく思いつつも。
「実は、僕もなんです。両親と住んでいて。兄弟はいないので、多分、この先も親と暮らすことになるのかなって思ってます」
取り敢えず振られた話題に乗っておく。
「ご両親と、ずっと?」
「はい。正直結婚は無理かなーなんてちょっと思っていて。というのも、父が体調不良なんです。これから先、親を見守っていくのは僕しかいない状況になっていて。相手の方に迷惑をかけるので結婚は諦めつつあるんです」
「それは……色々苦労なさっているのですね」
「ま、運命と思って割り切っているので、個人的な心情としてはどうということはないんですけどね」
そこまで言ってから彼は「あっ、すみません! 面白くない話をしてしまいました!」と急に謝った。




