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義妹に虐められていても婚約者である彼さえ味方でいてくれれば大丈夫、そう思っていたのですが……。  作者: 四季


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4話「すべて壊れた後だから」

 声が聞こえて振り返ると、そこには、知り合いですらない男性が立っていた。


 爽やかな雰囲気の容姿の持ち主だ。

 艶がありそれと同時にさらりとした質感もある黒髪が印象的。


「何かご用でしょうか」


 雨の中でそっと口を動かした。


 しかし想定外の反応が返ってくる。

 というのも驚いたような顔をされたのだ。


「あ……す、すみません、泣いていらっしゃったのですか」


 黒髪を風に揺らしながら男性は少し気まずそうな顔をしていた。


「変なタイミングで声をかけてしまいすみません……」

「え?」

「泣いていらっしゃるようでしたので」


 はっきり言われてようやく気づいた。


「ご、ごめんなさいっ」


 慌てて目もとを拭う。

 いつの間にか涙が出てしまっていたようだ。


「驚かせてしまってごめんなさい。大丈夫です。……お待たせしました。それで、ご用は何でしょうか?」


 改めて尋ねると。


「実は道を聞きたくて」


 彼は控えめにそう答えた。


「ですが、今の貴女にそのようなことを尋ねるのは迷惑ですよね、失礼しました……。他の方を探しますので気になさらないでください」


 男性は遠慮がちな表情でそんなことを言ってくる。

 それに申し訳なさを感じた私は、気づけば本能的に行動に移っていて、若干慌てて「大丈夫ですよ!?」と大きめの声で返していた。


「そうですか?」

「はい!」

「ではお聞きしたいのですが……」

「私に分かる範囲であれば何でもお答えします!」


 傷ついて、心が痛い、そういう時にまったくもって関係のない人と話すというのはある種の救いになる。


 言葉を発している間だけだとしても、問題ばかりに目を向けてしまわないで済むからだろう。一人ではそこばかりを見てしまうけれど、誰かと喋っていれば少しはそこから目を逸らすことができる。だからその間だけは胸の痛みも苦しさもほんの少し軽くなるのだ。解決したわけでも癒されたわけでもないけれど。知らない人とのあっさりした交流というものは、時に、束の間の救いとなり得るのである。




「――ということで、ここが貴方の仰っている喫茶店です」


 男性に尋ねられたのは街の中央部に位置するとある喫茶店への道であった。


「わ! 凄い! すぐ到着しましたね!」

「昔よく来ていたので……」

「あ、そうなのですか!? ではお詳しいのですね! ではもう一つ質問させていただいても大丈夫ですか?」


 私はこの街についてはわりと詳しい。が、研究者ではないし観光案内の仕事をしていたわけではない。なのですべてを網羅しているわけではない。万が一あまり知らないところについて聞かれたら案内できないところだった。


「何でしょうか」

「ここの喫茶店、紅茶美味しいですか?」


 そ、それ……私に聞く!? なんて思いつつも。


「美味しいですよ」


 取り敢えずそれだけ返しておく。


 すると男性は「よければこの後一緒にお茶でもしませんか?」と提案してきた。


 そういう展開は想定していなかった。

 なので驚き戸惑って。

 すぐには相応しい言葉を返すことはできなかったけれど。


 暫しの沈黙の後、思いきってみようと心を決めた私は、一度頷いて「お誘いありがとう、ぜひお茶しましょう」と返した。


 今までの私であったならきっと断っていただろう。それは、知り合って間もない人とお茶をするということに心なしか怖さを感じるから。何を企まれているのか、なんて考えてしまって、前向きに捉えることができないのだ。


 だが今の私はそういうある種の冷静さを失っている。


 ……この身を築いていたものをすべて破壊された後だから。


 なので怖さは感じない。


 それに、今の私には、どのみち進むべき道などありはしないのだ。


 ならば何だっていい。

 ならば何がどうなったっていい。


「ありがとうございます……!」

「いえいえ。こちらこそ。お誘いに感謝します」


 唯一信じられていたものを失った今、これ以上失うものなんてない。

 ならばもう恐れるものなどありはしない。

 既に無気力なのだから、ここからさらに何かが壊れたところでそれほど大きな衝撃は受けないと分かっている。

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― 新着の感想 ―
ひとりだとどんどん悪い方へと考えてしまったり。 実際期待することや信じることを過ちだと思う心情は、冷静なそれではないですものね。 まだ投げやりなマリーですが。 これで少しでも気持ちを変えられたらいい…
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