近所にギルドがオープンした
家から歩いて二分の場所に、ギルドがオープンした。
民家の庭先を改装して建てられた、やや小ぢんまりとしたプレハブ小屋。
前面がシャッターになっていて、朝の九時から夕方の六時まで開放される。
およそ4畳ほどの広さの内部は土間になっており、ベニヤ板の壁には依頼がポチポチと貼られている。
・犬の散歩をお願いします/1回100円
・庭の草むしりをレジ袋いっぱい分/100円(何袋でもOK)
・本棚一つ分捨てる手伝い/図書券1000円分
・話し好きのおばあちゃんの相手/1時間300円、お弁当付き
・子供のナフキン&バッグ作ってください(材料あります)/1000円
・四葉のクローバー求む/ひとつ50円で買い取り
・あやとりおしえて/おりがみ3ことこうかん
・着れなくなった服もらってください/LLサイズ
このギルドをオープンしたのは、この地区で長く町内会長を務めていた三田村さんである。
人好きでおしゃべりで、ややおせっかいな所もあるがまさに良い人の見本のような人物である三田村さんは、定年になったら人と人が繋がれるような何かをしたい、新しいことをして地域を盛り上げたいと思っていたのだそうだ。
長く大学で教鞭をとっていたこともあり若者とのつながりも豊富で、色々とボランティアをして行くうちに、行政をかまない住民同士の助け合いができないかと考えるようになったらしい。たまたま知り合ったラノベ好きの若者たちからギルドというものについて聞き、面白そうだと自宅の庭を使う事を思いついたとのことだった。
その昔、おじいちゃんおばあちゃんたちが孫におこづかいをあげるついでにお手伝いを頼むような感覚で、ちょっとした面倒ごとを頼める場所であったり、裁縫が得意な身内がいない人のためのサポートが期待できる場所であったり、年上のお兄ちゃんお姉ちゃんがいない子供たちのコミュニケーションを広げる場所であったり、まるで町内全体が一つの大きな家族になったかのようなシステムを作ったのだ。
オープン前に回覧板で情報を開示し、気軽に利用するよう呼びかけたこともあってか、学校区の子どもや散歩中の住民がなんとなくのぞくような場所になった。
三田村さんの人懐っこさや背中をそっと押してくれるようなポジティブな性格もあってか、だんだんと人が集まってくるようになっていった。
ギルドがきっかけとなり町内会に入る事になった人もいて恩恵が凄まじく、隣町でも導入しようかという話が出始めた。
ご近所さんが顔見知りになり、随分フレンドリーな町になってきたなと住民たちが思うようになった頃、テレビの取材が入った。
全国から賛同の声が上がり、やや田舎の町を中心にギルドシステムが導入されるようになった。
寂れた商店街にギルドを置いて、再活性化を遂げた自治体もあったようだ。
人と人をつなぐコミュニケーションシステムとして稼働し、賑わいを見せていたギルドだったが、利用者が増えるにしたがって様相が変わってきた。
安い値段で仕事を依頼し、収益を上げるものが出てきた。安い値段で仕上げてもらったものを、フリマサイトで転売する人が増えた。信じられないようなぼったくり価格で仕事を依頼し、何も知らない人が請け負い、納品すれば不良だと宣い、賃金を払わないという事件まで起きるようになった。
さらには、町内に住んですらいない、都会に住む者がしゃしゃり出てきた。
非常識な若者が面白がって依頼を出し、難癖をつけては支払いをせず、動画にした。炎上することで動画の再生数が爆発的に伸び、いけしゃあしゃあと金を払えば文句はないだろうと開き直った。
ギルドは、だんだんとおかしな方向に進んで行った。
テレビを見てきた人がルールも理解しないで勝手に依頼を出して、問題をおこした。
三田村さんが注意すれば、わけのわからない専門家を呼んできて訴えると騒ぎだした。
責任の取れない人が仕事をするなんてとんでもないと怒鳴りこんでくる人もいた。
見ず知らずの企業が名刺を持ってやってきて、業務提携しろと圧力をかけることもあった。
ご近所さんで助け合いながら、仲良くワイワイと笑って困りごとを解決していたのに…、他人がどんどん参入してきて、マイルールを押し付け、壊していった。
ほのぼのとした依頼が並んでいるのを見て、癒されていた人たちがいなくなった。
のんびりとした、人と人の思いやりのやり取りを求めて足を運んでいた人たちの姿が…消えた。
いつしか、ギルドにやってくるのは、自分の事しか考えない身勝手な人だけになっていた。
他人を傷つけることは全く躊躇しないくせに、自分が傷つく事には大げさにアピールをして、問題をおこすもの。
利用者同士で解決しないとき、運営者である三田村さんに苦情を入れ、責任を追及するもの。
ギルドのシステムを事細かに解説し、ここが悪い、これがダメだ、専門用語を駆使して批判をすることで収益を得るもの。
三田村さんは、ギルドを閉めた。
やる気を削がれてしまった三田村さんは、シャッターの下りたプレハブの前にたむろする非常識な人たちを追い払うようになった。
あれほど慈愛の表情で来訪者を受け入れていた人物が、鬼の形相で怒鳴り散らすようになるとはだれも予想してはいなかった。
ギルドの跡地に誰も来なくなった頃、三田村さんは自主的に町内をパトロールし始めた。
怪しげな人を見かけては、声をかけて注意をするようになり。
通行人に声をかけては、あらぬ疑いをかけて問いただすようになり。
通学途中の子供たちに、教育と称して長い説教をするようになり。
やがて、三田村さんはただの攻撃的な老人になってしまった。
自分が三田村という名前だということも、身だしなみを整えることも、自分が何をしていた人なのかも、どこに住んでいるのかも、きれいさっぱり忘れているというのに…、他人を見つけては一般人には理解できないような難しい理論をまくしたてて、何らかのダメ出しをするようになったのだ。
出歩くことを躊躇するようになった住民たちは、認知症を患った老人が道端で倒れている事に気付かなかった。
住民が一人減った町内には、誰も住んでいない住宅が一軒あったが、やがて取り壊されて、更地になった。
更地に雑草がぼうぼうに生い茂るようになってしばらくたったのち、見違えるように整地がなされた。
敷地に重機が入り、囲いで覆われ、やや耳にうるさい騒音が聞こえるようになった。
……何らかの建物が建設されていることは、間違いない。
家が建つのか、アパートでも建つのか。
100坪ほどの広さだったから、コンビニとか、パン屋やカフェでもできるのかもしれない。
何ができるのかは、囲いが外されるまではわからない。
ただ一つ言えるのは、おそらくギルドではないという事だけだ。
……たぶん。