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資料1ー第4話

「レスター殿。このあとシャオユウ殿のお料理を手伝いにいきませんか」


 部屋に荷物を置き、廊下に出たところでティアーナに声をかけられた。なぜ急に、と疑問を持ちつつも了承し、キッチンへと向かう。


「本当ですか、ありがとうございます!」


 彼女は明るい笑みを浮かべると、事細かに作業を指示した。普段料理をしていない俺は食材の準備をメインに行なった。


 一時間ほどで下処理はできた。今晩は煮物らしく、具材を入れた鍋からはグツグツと音がしている。


「これで三十分煮込んで、副菜はメインが出来上がる直前に盛り付ければいいから、あとやることはないかな。二人とも、ありがとうございます!」


「素晴らしい動きですね、お嬢さん(レディ)。これが一流料理店の副料理長ですか……」


「いやぁ、あたしなんてまだまだ未熟者ですよ」


 ティアーナは息を弾ませ、額に浮いた汗を拭った。見れば俺も全身汗まみれだ。一方でシャオユウは汗もかいていなければ、息も上がっていない。


「ところでレスター殿」


 ふと、ティアーナが俺の方を向いた。




「其方はいま、何丁の銃をお持ちですか?」




 ドキリとした。咄嗟に〝カプセル〟に手を伸ばす。


「あぁ、警戒する必要はありません。此方は〝彼ら〟に対抗できる戦力を知りたいだけですから」


 ティアーナは両手を見せ、無害であることをアピールした。


「どういうことだ?」

「此方は表向きは手品師をしておりますが、裏の顔は〝魔術師〟、人に仇なす存在と戦う者でございます」


「魔術師?」

「さよう。此方の一族は代々〝彼ら〟と戦ってまいりました。今ではすっかり日陰ものになってしまいましたが……」


「にわかには信じられないな。魔術師なんてオカルトの世界でしか聞いたことがないぞ」

「あ〜、えっと……あたしはいない方がいいかな?」


「いいえ、お嬢さん(レディ)。其方も貴重な戦力です」

「いや、あたしができるのは料理くらいで、戦力だなんて……」


「包丁の扱い方はお上手でしょう? であれば兵士(ソルジャー)としての要件は満たしています。利用できるものはなんでも使う。それが戦争でしょう、レスター殿(アーミー)?」


 脳では三つの思考が同時に走った。


 一つは、彼女が俺に声をかけた理由。おそらくこの状況を作りたかったんだ。


 二つ目はティアーナの正体。現時点で判断することは難しいが、あの堂々たる風格はブラフではなさそうだ。


 そして三つ目は〝佐官〟の言葉。かつて所属していた部隊の極悪非道なリーダー。彼は現地の子供を買い取り、爆弾を着せ、テロリストのアジトへ向かわせた。



『なあ、レスター。これは戦争だぜ。たとえ女や子供だろうと利用価値があればなんでも使う。全てはピセム軍の勝利のためだ』



 彼の言葉を俺は否定したかった。けど、今でも論破することはできない。


 俺は〝カプセル〟から手を離した。


「ライトマシンガン、サブマシンガン、ハンドガン、手榴弾二つにスモークグレネード一つだ。なにか文句あるか?」

「ありがとうございます。——シャオユウ殿はどうです?」


「えっと……。シェフナイフが二丁と筋引包丁、中華包丁とペティナイフ。あと料理バサミとピーラーを持ってきました」

「なるほど。おかげで〝我々〟の戦力はおおよそ把握できました」


「おい。待て」


 話を切り上げようとするティアーナを引き止める。


「あんたは把握できたかもしれないが、俺たちは把握できていない。ティアーナ、あんたは一体、どんな〝魔術〟を使うんだ?」


 熟年の女性は紅い唇で笑みを作った。


「此方の術は————」

「し〜つれ〜しま〜す」


 キッチンの入り口から声がした。そこには双子のサヤカとハルカが立っていた。




     ***




 それから目を覆いたくなる惨劇が幕を開けた。


 料理を手伝いに来たというサヤカは煮物の鍋をひっくり返し、食用油をコンロの上に垂らし、食材をゴミ箱へ捨てるという奇行をやってのけた。ハルカも皿を割り、小麦粉を撒き散らし、食材を踏んづけたりした。


 幸いにも食料は十人が七日過ごしても余りあるほどあったため、全体的な損害は軽微なものだった。だが、双子は今後、キッチンへの立ち入りは禁止された。違反した場合、警告なしに拘束するとも言い聞かせた。


 夕食時。皆が食堂に集まってくるなか、食卓には肩を落としたサヤカの姿があった。


「……うぅ。ごめんなさい……」


 首を垂れる彼女を慰めたくなったが、彼らのしたことは間違いなく重罪だ。このまま反省してもらおう。


 夕飯はシャオユウが大急ぎで作った具沢山のチャーハンになった。肉の脂とパラパラとしたライスが口の中で躍り、まさに絶品だった。


「あれ? そういえば、アレックスさんは?」


 一同の視線は食卓にできた空席に向かった。


「ア、アレックス氏なら、体調が悪いからと言って部屋で休むと言ってました……」

「そっかぁ。——よぉし。おじいちゃんのためにもう一品作りますか!」


 シャオユウは三十分後、具沢山のお粥を携えてアレックスのいる部屋に向かった。




 そして悲鳴をあげた。

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