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9 醜悪の館

 夜を駆ける馬車は、高級住宅街に続く道を行く。

 灯りに照らされた立派な屋敷や城、石畳の美しい街道に、小洒落た橋。レオは自分が生まれた世界とはかけ離れた景色に魅入っていた。


「師匠の力を持ってすれば、ターゲットの屋敷にいきなり押し入って奪う事もできるのでは?」

「それだといろいろ問題があってね。農地の占領はクズ野郎一人じゃない。今日集まる奴ら、一網打尽にしないと解決しないんだ。土地の権利を有する貴族たちが、クズ野郎を慕って本日集結する」

「つまり……悪い奴が一気に集まるんですね」

「そう。全員から土地を取り上げて、改心させるんだ」


 馬車がターゲットの館に近づくと、巨大な門が見えてきた。

 余程の財産を抱えているのだろう。厳重な牢屋のような鉄格子に、両脇には見た事が無いほど大きな番犬がいた。筋肉がムキムキで、黒光りしている。


「それにあれ……こっわ。俺の洗脳術は動物に通じないから」

「そ、そうなんですね」


 恐ろしい面構えの番犬の足元には門番がいて、招待状を見せると馬車を中に入れた。


 馬車が門をくぐると立派な庭が広がり、巨大な噴水や豪華な銅像が幾つも飾られて、成金広場そのものだった。


「す、凄い……なんて豪華さ」

「全部、農民から搾取した金さ」


 アレキは呆れて見回した。

 さらに屋敷に到着すると、レオは馬車を降りながら、仰け反りすぎて倒れそうになった。間近で見ると、建物は迫力の大きさだった。所々にステンドグラスや神話風の柱で派手に飾られて、確かに芸術が好きな主なのだろう。


「や~! ヴァド!」


 突然にアレキが大声を上げて、レオはビクッと肩を揺らす。


「アレックス~! よく来てくれた!」


 太った大男が大袈裟に手を広げて、飛び出して来た。


「来るに決まってるじゃないか~、今日は稼がせてくれるんだろ?」

「おぉ、怖い怖い。今夜は勝ちの女神様が付いてるらしいじゃないか?」


 訳のわからない会話をしながら、太った男はレオを見下ろした。

 レオは慌てて、貴族風に挨拶をする。


「こんばんは。僕はライオネル・オルドリッチです。ご招待頂き光栄です」


 太った男……ヴァドは蔑んだ目でチラリと見ただけで、挨拶を返さずにアレキの肩に腕を回した。


「全く、どこから連れて来て、幾らで買ったんだね? 君の趣味も困ったもんだ! ガハハ!」


 下衆に笑ってレオを無視したまま、アレキを連れて行ってしまった。


(そうか。僕が貧民層から買われて貴族の格好をしてるだけだって、ヴァドにはわかってるんだ)


 レオは拍子抜けして嫌な気分にはなったが、少し気が楽になった。


 アレキの後を着いて行くと、アレキはヴァドにいろんな貴族を紹介されて、挨拶している。仮面を被ったドレスの女も、正装した男も、レオを一瞥するだけで、殆ど気にせず会話に戻る。

 会話の殆どが金の話だった。どうやって農奴を支配すればうまく金が儲かるのか、どうルールを作れば自分達が得をするのか、そんな情報交換ばかりしている。さらには自分はこんな酷いルールを作って、農民を虐げて儲けていると、醜悪な自慢合戦まで飛び交って、レオは胸焼けがした。

 蚊帳の外の子供のふりをして、館内の観察をしに歓談から離れる。


 広いカジノ部屋には、客に見せつけるように豪華絢爛な絵画や壺が、所狭しと飾られていている。芸術品以外の日用品も高級だ。金装飾の重厚な本や、巨大鹿の滑らかな毛皮の敷物、見事に輝く銀食器。レオはそれらを丁寧に見物した。


 室内は思った以上の人がいて、混み合う大人達の間を縫って歩くうちに不安がよぎる。アレキは、一度に洗脳できる人数は限られると言っていた。順に掛けるとしても、こんなに大人数で大丈夫なんだろうか。


 どっと大きな笑い声が湧いて、そちらを背伸びして見ると、人の輪の中心にアレキの帽子が見えた。何か盛り上がる会話をしているようだ。

 まさかその最中に、洗脳してる? いや、まさか。などとハラハラしているうちに、レオの横から甲高い声が聞こえた。


「まぁ~、坊や」


 慌てて振り返ると、薔薇の模様の仮面を付けた、派手なドレスの女が頬を赤らめてレオを見下ろしていた。


「何て可愛らしいの? どなたのお子様かしら」


 レオは慌てて挨拶をした。


「僕はライオネル・オルドリッチです。アレキサンダー様のお供で参りました」

「まぁ、まぁ。お利口さんね」


 その後ろから2人組のドレスの女性がやって来て、嬌声を上げた。


「見て、可愛い子がいるわ」

「坊や、ケーキを食べる?」


 ケーキを押し付けたり、帽子をとられたり頭を撫でられたりして、レオはいつの間にか女性陣に囲まれて、チヤホヤとされていた。

 女達もまた、見せ付けるように贅を凝らした、豪華なドレスと宝飾で身を固めている。レオは香水の香りとドレスの海の中で、溺れるように翻弄されて目眩がした。


「え、えっと、僕、アレキサンダー様のところに……」

「うふふ、照れちゃって可愛い!」


 まるで女子の部屋に投げ入れられた、布人形になった気分だった。

 気付いた時には会場内に沢山の人が集まって、招待客は揃ったようだった。人々の殆どが前方の舞台がある方に向いて、レオに向いているのはこの3人の女性だけだった。


 会場は暗くなって、ステージに灯りが集まっている。

 そこに現れたのは館の主ヴァドで、高揚した顔で会場を見回した。


「ヴァド・カジノにようこそ!」


 拍手が上がって、所々でお喋りしたり酒を呑んでいた人たちも、ステージに注目している。


「今夜は私の親友にしてライバルの、アレキサンダーが駆けつけてくれた!」

「は~い、みんな!」


 アレキが突然ステージに上がったので、レオはケーキを吹き出しそうになった。アレキもヴァドも変なテンションで親友を演じている。肩を組んで笑い合い、寒いカジノジョークで、ご機嫌だった。


「な、何このノリ」


 レオのドン引きを他所に、ステージはノリノリで続く。


「ヴァド・カジノ開催のお祝いに、アレックスはビッグなプレゼントを用意してくれた!」


 おぉ~、とどよめきが起こる。

 ヴァドの手には、この距離からも分かる大きさの、金で象られた七色に光る宝石がある。光が乱反射して、観客の顔を虹色に照らしていた。


「ご存知のお方も多いでしょう。ある時は王家を、ある時は富豪の間を転々とした、この幻の巨大ダイヤモンド! アレックスはこのお宝を賭けて、皆さんと勝負がしたいらしい!」


 レオを囲っていた女達が、キャーッと悲鳴を上げて、一斉にステージに駆け寄った。中央にブラブラしていた客も前方に集まり、会場の後ろにいるのはレオだけになった。


 アレキは気取って咳払いすると、会場を見回した。


「あ~、レディース、アンド、ジェントルメン……今夜は全員に、ビッグなチャンスをプレゼントするよ。お客さんは勿論、メイドさん達にもね」


 アレキがメイド達に向かってウィンクしたので、他人事の顔だったメイド達も一斉に注目した。


「特別賞に残念賞、当たりは一つじゃないよ!」


 右手から1個、2個、3個、と指の間に巨大な宝石を手品のように出現させて、観客たちにどよめきが上がった。宝石は灯りでギラギラと輝いて、札束よりも人の目を奪って魅了するのだった。


「会場の中に、お宝と交換できるカードが隠してある」


 アレキの言葉に、全員がわっと周りを見回す。


「俺の目線がヒントだ! みんな俺の目を追って!」


 アレキが自分の目を指した瞬間に、全員がアレキに注目した。


「あっ」


 レオが慌てて下を向いた瞬間に、大きな声が響いた。


「床に伏せろ」


 ザッと大きな音が一斉に鳴って、会場内の全員が、床に伏せていた。

 客も、メイドも、ヴァドも、護衛の警備も、全員だった。

 レオだけが下を向いていて、床に伏せた人間達の異様な景色を見ていた。


「右手を上げて、俺を見ろ」


 まるで全員が敬礼するみたいに、右手と顔を上げて、アレキを見ていた。

 完全に洗脳されている。

 レオはくだらない余興が急に集団催眠の場になった展開に、度肝を抜かれていた。


「こんな人数をいっぺんに……できるんだ」


 アレキは早口でまくし立てた。


「ヴァド。お前は全財産を自らの意思で、俺に贈与する」

「は、はい!」

「ここにいる全員が、農地及び空き地の権利を放棄し、農民に献上しろ」

『はい!』


 全員が声を揃えた返事に、レオは恐怖で背筋が凍った。まるで怪しげな宗教施設の中にいる気分だった。


「今後、弱き者を虐げ、搾取する事を禁じる」

『はい!』

「お前ら毎朝、農家のために草むしりをしろ!」

『はい!』


 また教師のような変な命令が加わって、演説は終わった。

 しばらくシンとした後、靴音が近づいて来て、頭の上で聞き慣れた声が聞こえた。


「レオ君。もういいよ」


 レオが恐る恐る頭を上げると、アレキが紫の瞳でこちらを見ていた。


「し、師匠……」

「俺のステージ、どうだった?」

「ジョークが……寒かったです」

「ぶははっ」


 レオはアレキがいつも通りのアレキで安心した。目を見ていないはずなのに、毅然とした声を聞いただけで頭が呆然としている。


「予想より人が多かったから、急遽方法を変更したんだ」

「でも……よく一人残らず出来ましたね」

「誰だって、宝石が欲しいだろ?」


 アレキはまた手品のように宝石を翳している。ギラギラと、悪魔が笑うように光っていた。


 アレキはレオの肩を抱いて、壁に飾ってある絵画を見上げた。金色の重厚な額縁に、美しい女神が描かれている。


「これ、幾らだと思う?」

「えっと……100万ジェムとか?」

「12億」


 レオは算数を習っていたので数字の意味はわかっていたが、札束の量が想像できずに、目眩がする。


「じゃ、じゃあ、この屋敷の中の芸術品て……」

「一つ一つが、億単位の価値だ。それが君の泥棒の穴に入る訳」

「そんな……」


 レオはプレッシャーで吐き気がしてきた。いったい、この手の闇の中に、どれだけの財産を抱え込むのだろう。


「さあ、レオ。君の出番だ。お宝を残らず回収するんだ」


 レオは我に返ると、ビシッと踵を着けて敬礼した。


「お任せください。完璧に回収します」


 それから屋敷の片っ端から、絵画が、壺が、銅像が、宝石が、異次元の彼方に吸い込まれていった。スイスイと、思った以上に簡単に、あっという間に消えて行く財宝をアレキは目まぐるしく観察する。


「うおぉ、すげえ、魚の餌みたい!」

「また変な例えを……」


 レオは本も、毛皮も、食器も、燭台も、全部消して行く。


「ちょっと待って、レオ君! まだ上階もあるんだから、入らなくなっちゃうよ!」


 アレキは異次元のスペースを気にして焦っている。


「大丈夫です。僕にはわかるのですが、無限に入るみたいで。僕が何を入れたか覚えてさえいれば」

「そ、そうなの!?」


 1階のお宝をすべて飲み込むと、アレキを先頭に2階に上がり、各所に配置された警備員やメイド達を洗脳し、さらに進んだ。アレキの隣には、フラフラとゾンビのように、ヴァドが付いて来ている。レオは不気味な物を見るようにヴァドを見上げるが、その目は瞳孔が震えて、汗だくだった。


「財産庫の鍵番号に、こいつが必要だからね」


 アレキに従って、ゾンビヴァドはお宝の部屋に二人を案内し、鍵に番号を打ち込んでドアを開けた。そこは倉庫のように大量の金銀財宝が貯蔵されていた。物量に圧倒されたレオは感嘆の声を上げた。


「うわ~!」


 思わず駆け出し、倉庫の中央で立ち止まって、アレキを振り向いたその時。

 あってはならない影を見ていた。

 アレキとヴァドの後ろの廊下に誰かが立っていて、剣を振り上げていたのだ。


「師匠!」


 届かない手を伸ばして、剣が振り下ろされる一瞬を、レオは永遠の時のように感じていた。

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