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7 卑怯な剣士

 レオの視点から、剣の軌道が幾つも見える。

 一瞬の時を捉えて軌道の間を縫ったつもりが、左下から剣先を弾かれ、そのまま左胴を斬られていた。


「うっ!」


 レオは歯を食いしばって、左胴に当てられている刃を見下ろす。

 顔を正面に向けると、アレキはニヤリと笑っていた。


「一本。全敗だな」


 レオはガクリと膝を芝生について、項垂れた。


「どうして勝てないんですか……」

「レオは運動神経がいいから、すぐに上手くなるよ」

「そうじゃなくて、どうして師匠が剣なんて……ナイフが怖いと言ってたじゃないですか!」


 レオはアレキに勝てない剣術の訓練で、癇癪を起こしていた。


「だってこれはレプリカだもん。皮膚は切れないよ」


 木製の剣を指でなぞっている。


 2人は街外れの草原で、剣術に励んでいた。

 レオの指の怪我が回復して、勉学のみならず、剣術の訓練も始まったのだ。


 レオは首を振る。もう何度も勝負を挑んでは負けて、汗だくになっていた。


「そういう事じゃなくて!」

「俺は子供の頃から剣術を習ってたの。歳の差があるんだから、しょうがないでしょ?」


 悔しそうなレオに、アレキは微笑む。


「焦らない、焦らない。だいたい、この世界に剣術に長けたやつが、どれだけいると思う? 貴族は大抵、子供の頃から仕込まれてるし、プロの剣士とかゴマンといるんだぞ? 基本的に普通にやりあっても、敵わないと思った方がいい」

「でも、それじゃあ……じゃあ、ダメじゃないですか」

「うん。まともに戦っちゃダメだよ?」


 レオは剣術を教わるまで、アレキの性格上、剣術など武術の類は一切苦手なのだろうと思い込んでいた。だからこそ、自分が強くなってアレキを護衛するのだと密かに意気込んでいた分、アレキに全く歯が立たない現実に落胆していた。


「そこでだ」


 アレキは木製の盾とレプリカの剣をもう一本、地面に置く。


「これ、泥棒の穴に入れて」

「泥棒の穴?」

「レオの能力だよ。あの黒い穴」

「僕は異次元の扉と呼んでいますが」


 アレキは吹き出す。


「おしゃれな名前付けてるな! 異次元の、扉って!」

「い、いいじゃないですか! 異次元なんだから! それに泥棒の穴なんてダサい名前、やですよ!」

「いいから、これ仕舞ってよ」


 レオはブスくれてアレキを睨みながら、異次元の扉を現すと、盾と剣を収納した。


「で……何なんです?」

「俺と戦う間、いつでもいいから、その盾か剣を使ってご覧」


 レオはアレキが何を言いたいのか、わかっていた。

 正々堂々と戦うのではなく、能力を使って卑怯に勝てと言っているのだ。


「わかりました。お手合わせお願いします」


 アレキが頷いて、鋭い剣の応酬がまた始まった。

 あんなに女々しくて根性の無さそうなアレキからは、想像もできない剣捌きだ。レオには交わすのが精一杯で、全く好機が見えない。

 近頃やっと軌道が見えてきたが、見えるだけで刃は防げない。


 ガァン!


「!」


 予想外のタイミングでアレキの剣は盾で塞がれ、驚いて一旦後ろに下がるが、すぐに体勢を変えて、隙を突いて振られたレオの剣を避ける。その直後、右の胴にレオの2本目の剣が打ち込まれていた。盾は2本目の剣を隠すカモフラージュだった。


「ぎゃっ!」


 レオは我に返って、剣を放った。手加減ができずに、思い切り叩き込んでいた。


「す、すみません! 師匠! あわわ……」


 芝生でもんどりうっているアレキに駆け寄って、レオは狼狽した。痛みで顔を歪めていたアレキは、途中から脇腹を押さえながら笑い出していた。


「ぶははは、これは無理だ! ビックリしちゃって、対応できないぞ!」


 涙目になって痛がりながら笑い転げると、心配するレオを見上げた。


「こんなビックリ箱に対応できる剣士は、そうそういない。レオは能力を駆使したら、誰よりも卑怯で強い剣士になれるぞ!」


 卑怯という冠は嫌だが、レオはまともに戦わない作戦に確かに可能性を感じていた。


「だからこそ、この手はいざという時まで隠すんだ。そして根底となる剣術を鍛えて、そこそこ強いのに、まさかこんな卑怯な手を使うなんて! と、なるように、相手に手の内を悟られてはいけない」


 どこまでも卑怯な戦法に、レオは笑ってしまう。


「師匠は本当に悪い人ですね」

「手堅いと言ってくれ」


 打撲の痛みでまともに歩けないアレキを抱えて馬車に乗るが、アレキは講義を続ける。


「剣術に加えて必要なのは、お前の泥棒の穴」

「異次元の扉です」

「穴の鍛錬だ。素早く出し入れするスピードと、場所な」

「場所?」

「今は掌からしか出せないだろ? これを、体の周辺のどこでも出せるようにするんだ」

「えっ。そんな事、できるかな……」

「やります、でしょ」

「……やります」



 ♢ ♢ ♢



 ホテルに戻って、アレキはベッドに寝転がったまま、レオに指示を出している。


「はい、右手から離れた所に穴を出す」

「くっ、うう……」

「さらに30cm離して、もう一度出す」

「む、無理っ」


 レオの異次元の扉を、掌から離れた場所に出す訓練をしている。扉の開閉を何度も繰り返すのは、レオにとっては剣術よりも、しんどい動作だった。


 ベッドに倒れ込んだレオは、アレキに愚痴る。


「結構、重いんですよ。扉が」

「重い? 見た目はふわっとしてるのに?」

「重い扉を、精神力でこじ開ける感覚なんです」

「へえ~! おもろいな。じゃあ、手とか挟んじゃうの?」

「危ないから、あんまり手は入れない方がいいですね」


 アレキは立ち上がると、レプリカの剣を持ってきて、レオに突きつけた。


「これ、半分入れて」

「え……」


 レオが異次元の扉を現わすと、アレキは剣を半分入れた。


「閉じて」


 レオは怖々と剣とアレキの顔を見比べるが、アレキが真顔なので、従って閉じた。


 バン!


 派手な音を立てて木製の剣が折れて、レオとアレキは同時に悲鳴を上げていた。


「「キャーーッ!」」


 レオは手を翳したまま、アレキは半分になった剣を持ったまま、唖然とする。


「こ、こっわ! 切断するじゃん!」

「な、何させるんですか!」


 レオは恐怖でベッドから立ち上がって、アレキに抱き付いた。自分が気軽に扱っていた能力の別の面を見て、怯えていた。

 アレキは木製の剣の切断面をマジマジと眺めている。


「これ、切断系の能力なんじゃないの?」


 アレキの言葉に、あの白髪デカ目男の能力を思い出して、レオは涙目で震えた。


「や、やだ、やですよ! 僕は切断なんかやです~!」

「切断の扉に名前を変えなよ」


 ヤダヤダと泣くレオを、アレキは脇腹を押さえて笑っている。


「バカだな。強い能力は自分を守るのに役立つんだぞ。切断できる力も応用を考えて、いざという時に使うんだ」

「うう……これで師匠を守れるなら、頑張ります」


 レオが剣術に拘って癇癪を起こす理由がわかって、アレキは胸が疼いていた。


「レオ……美味しい物を食べに行こう」

「え? でも師匠、脇腹が痛いのに」

「大丈夫、大丈夫。テーブルマナーの練習だよ」



 ♢ ♢ ♢



 2人は正装して、高級レストランにやって来た。

 いつもホテルでマナーを練習しているし、何度か外食もしていたが、グンと格式の高い店にレオは緊張していた。

 テーブルに案内される間に、アレキの後ろを歩く自分の姿を、大きな鏡で確認する。オーダーメイドの高貴な服に、キチンとした髪型。(うん、大丈夫)と自信を付けて、頷いた。


 テーブルの間隔は広いが、仄かな灯りで飾られた空間には、高貴な装いの人々が食事を楽しんでいる。


 取りすました顔で平然を装うレオの顔を、アレキは微笑んで見つめている。


「わざと個室ではない店を選んだんだよ。空気に慣れて馴染むんだ」

「はい……」


 前菜が運ばれて、レオは驚く。チョコチョコと、皿のあちこちに花が咲いているような前衛的な盛り付けだった。


 どう食べていいかわからず、アレキをカンニングしながら、真似て食べた。蝋燭の灯りで照らされたテーブルで、銀のカトラリーを優雅に操るアレキは、美しく高貴だった。レオは考える。これは演技じゃないんだ。師匠はもともと貴族の生まれで、自然と所作が身についている。僕はそれをコピーして、師匠の写し鏡になればいい。


 アレキから見るレオはぎこちなさが無くなって、滑らかな動作をしている。まるで本当の貴族の、しかも優秀な子供に見える。機転の早さと器用さに感心するのと同時に、アレキの中に漠然とした疑問が湧いていた。


 この子は学習能力が高く、持っている能力も稀で、運動神経も良い。そして性格も純粋だ。こんな素晴らしい素質を持った子供を、俺が囲っていていいのか?この子は生まれた場所が違っていたら、もっと別の何者かになっていたに違いない。


 レオは何度もアレキと目を合わせ、はにかんだ微笑みを見せていた。アレキは溢れる愛情と後ろめたさで、胸が苦しくなっていた。



 豪華な食事を終えて、レオは幸福で満たされたようにふわふわしていた。美味しさだけでなく、雰囲気に酔っているのだと自分を分析して、アレキの手を握った。


「ねぇ師匠。僕は多分、師匠と食べれば何でも美味しく感じます。食事は、誰と食べるのかが大事なんですね」


 あどけない感想に、アレキは泣きそうな顔でレオを見下ろした。


「師匠?」

「うん……レオ君。ちょっと、歩いて帰ろうか?」

「はい!」


 馬車に乗らずに、2人は手を繋いだまま、ゆっくり街を歩き出した。



 しばらく歩くと、丘の上の立派な門と建物が、遠目に見える。

 アレキは立ち止まってそれを見上げて、レオはアレキを見上げた。


「師匠、ここは?」

「これはね、学校だよ」

「学校……」

「貴族の子供達が通う、名門の寄宿学校だ。勉学や剣術や乗馬、いろんな事を学べるんだよ」

「ふーん」

「お友達も沢山いて、可愛い女の子もいるんだ」


 レオは妙な空気を感じて、握る手に力を入れた。


「師匠、脇腹が痛いんでしょ? 早く帰りましょう」


 だが、アレキは動かない。


「ねぇレオ君。学校に行ってみたい?」

「行きたくないです!」


 即答するレオを見下ろすと、怒った顔で毅然としていた。アレキのセンチメンタルな空気を察して、レオは言葉を先読みしていた。


「師匠は、僕をこの街に置いて行く気なんですか?」

「いや……レオ君には沢山選択肢があって、ここで学ぶ事も」

「嫌です!!」


 悲鳴のような拒絶に、アレキは慌ててしゃがんで目線を合わせた。


「レオ! 君は優秀で、素質があるんだ。将来を考えて、本当に選ぶべき道を……」


 会話の途中で、レオは号泣した。出会ってから初めて聞いた、叫ぶような泣き声だった。


「師匠は僕に飽きて、僕を捨てるんだ! 嘘吐き! 人攫いの、人でなし!!」


 人聞きの悪い罵倒は止まらず、アレキは抱き締めて頭を抱えるが、泣き声は収まらない。次第にアレキも泣き出していた。


「違うよ、レオ君! 俺は君があまりに出来る子だから、俺の側に置いちゃいけない気がしたんだ。君に詐欺泥棒をやらせるなんて……」

「僕は一流の泥棒になるために、頑張ってるんです!」


 大声の不穏な宣言に、アレキは頭を強く抑える。


「ちょ、レオ君、しーっ」


 号泣するレオを抱きしめたままアレキも号泣して、互いに訳がわからなくなっていた。


「お、俺だって、手放したくないよっ! こんなに愛してるんだから!」

「僕は離れません! 師匠とずっと一緒にいるんです!」


 2人は硬く抱き合って、詐欺泥棒コンビの絆は、確かなものとなっていた。

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