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6 黄金の朝

ロランは跪き、深々と頭を下げている。

父は不愉快そうに、母は残念そうに、それを見下ろしていた。


「そんなわけで、僕は討伐部隊には参加できません。ごめんなさい」

「大口を叩いておきながら、怯んだか! お前の臆病癖は治っていないようだな。弱いだけでなく、嘘まで吐くとは!」

「ロラン。お父様は親戚や軍の関係者の方にも、貴方の志願をお話してらしたのよ。今更取り消すなんて、お父様に恥をかかせるおつもり?」


両親は沽券と世間体からロランを厳しく責めたが、ロランは考えを変えなかった。顔を上げると、青い瞳のまま、素直な気持ちを伝えた。


「父様、母様。僕には夢があります。世界を冒険して、悪を退治し、弱き人々を守る夢です」


子供じみた発言に、両親は唖然とする。


「な、何を戯言を! この青二才の半端者が!」


鋭いビンタが飛んでロランはよろけるが、もう一度姿勢を正す。


「僕は見たんです。地下牢に繋がれる子供たちを。そんな地獄がこの世界にごまんとある事を、知ってしまったんです。僕が成すべき未来は、あの時に変わってしまった。どうかお許しください」

「貴様……生意気な……馬鹿げた事を!」


父は怒りから言葉に詰まり、母は扇子の影で泣いているようだった。

どんなに罵っても、暴力を奮っても、変わらないロランの瞳の強さに、父の沸点は限界に達してしまった。


「出て行け……お前のような馬鹿者は後継者でも何でも無い。この家から出て行け! 勘当だ!」


ロランは一瞬悲しい顔をして頭を下げると、部屋から出て行った。


扉を閉めると、廊下の影ではアベルがショックを受けた顔で立ち尽くしていた。会話を聞いていたようだった。


「ロラン……」

「兄様。僕は兄様に憧れて……でもやっぱり無理だった。僕は兄様になれなかった」


アベルに近づくと手を取り、ロランは青い瞳を潤ませた。


「僕の大切な兄様。僕をずっと、忘れないでいてくれますか」

「ロラン、何言ってるんだ! 可愛い弟を、忘れるわけないだろ!」


2人は抱き合って、しばらく涙のお別れをした。


「兄様、僕は15歳になります。もう大人です。旅立ちは夢を果たして、立派な大人になる為……笑って送り出してください」


アベルは涙が止まらないが、笑顔を作った。


「いつかまた会える日を希望に……僕はずっとロランを想うよ」


ロランは立派で優しい兄に心から愛情を感じて、敬意を以て頭を下げると、自室に向かった。


ソファにはシャルロットが座って待っていた。

ロランは隣に座り、不安げにこちらを見つめるシャルロットに微笑んだ。手を握ると、ロランは勇気を出して、洗脳の力を使った。


赤い瞳で語りかける。


「ねえシャルロット。僕を見て。おまじないだよ」


シャルロットは無言のまま、素直にロランを見つめている。


「君は自由だ。自由にお喋りできるんだ」


シャルロットは口を開いて、少しかすれた声を出すと、しかりと形にしていた。


「ロラン」

「僕は今日、旅に出る。ここにはもう、戻らないかもしれない。シャルロット、君の人生は自由なんだ。自分の意思で生きて。自分が本当になりたい自分に……」


シャルロットは涙が溢れていた。

ロランが引き留めようもないほどに、強い気持ちで別れを告げていると、気づいていた。家同士で定められた婚約者への、愛や恋や義務や執着かもわからずに、自分の意思は長い時間、有耶無耶のままだった。


「それでも私は、ロランが大切だよ。これからも、ずっと」

「ありがとう」


2人は優しく抱き合って、互いに最後の別れをじっと噛み締めていた。



 ♢ ♢ ♢



夜の街で。


明かりが点いた通りでは、恋人たちが夜の時間を愉しんでいる。そんなロマンチックなカフェテラスで、男2人が並んで座っていた。


オリヴィエはお茶を一口飲んで、「はぁ」とため息を吐いた。


「どうしてそんなに極端なんだ」


ロランはすっかり旅人の格好で、隣に座っている。


「僕の性格なんだから、仕方ないよ。自分の夢を突き詰めたら答えが出てしまったんだから。あれから自己洗脳も使ってないし、本当の僕の夢だよ」

「アレキサンダーになるって?」


オリヴィエは呆れている。


「うん。冒険に出て、僕の気が済むように悪党をやっつけて、弱き者を助ける。それを夢想で終わらせたら、僕はきっと死ぬまで後悔するんだ」

「このままあの城で暮らし、成人してから財力で夢を果たす方法もあるというのに。15で家出とはね」

「独り立ちとか、旅立ちと言ってよ」


ロランは子供っぽく、口を尖らせている。


「オリヴィエこそ、稼業を継がずに軍人にもならないなんて、いつか家出せざるを得ないほど、お父さんにぶん殴られると思うよ?」


オリヴィエはロランの右頬の痣を横目で見て、うんざりとする。


「まぁね」

「ねぇ、これ見て」


ロランはマントの内側から、怪しげな仮面を出した。

目の部分にガラスが入っていて、顔に掛けると瞳の色が見えない。


「洗脳の眼力封じだよ。どうしても使っちゃいけない時は、この仮面を被れば眼力が通用しないとわかったんだ」

「余計に怪しいと思うが」

「アレキサンダーとお揃いだよ?」


仮面を被ったまま、ロランは立ち上がった。


「さて、そろそろ船の出航に備えなきゃ。行くね」


オリヴィエは相変わらず冷静で冷たい瞳のまま、ロランを見上げている。ロランはマジマジと、オリヴィエを眺めた。


「君って本当に、冷血動物みたいに冷静だよね。感動のお別れが想像できないから、お別れの言葉はやめておくよ」

「僕は爬虫類より哺乳類が好きだけど」

「好きと似るのは違うよ」


ロランは笑ってから、かしこまって手を合わせた。


「それで、餞別の代わりにさ、ここのお代奢って!」

「お茶代も無いのか?」

「うん。無一文。家からは動物もお金も持ち出さなかったんだ」

「バカだな」

「独り立ちだからね」

「船代は?」

「朝までに稼ぐよ」


ロランは踵を返す。


「オリヴィエ。君とはまたいつか、会える気がするんだ」

「互いに生きてたらな」


ロランは後ろを向いたまま手を振って、行ってしまった。

オリヴィエは着席し直して、お茶を飲んだ。


「あいつ、本物のバカだったんだな」


珍しく楽しそうな笑顔になっていた。



 ♢ ♢ ♢



深夜になると通りの明かりが消えて、人々がいなくなった街は途端に闇が深くなる。酔っ払いと、怪しい徘徊者と、泥棒が闊歩する時間がやってきた。


「キャイン!」


暗闇の中で、悲痛な犬の鳴き声が聞こえる。

男が酒を飲みながら、大きな犬を蹴っていた。

身なりはそこそこいいのに、行為は下衆そのものだ。


「この糞犬が! 俺様を振り落とすとは、嬲り殺しちまうぞ!」


悲鳴を上げる犬を蹴り続ける男の後ろに、マントと仮面を着けた少年が近づいてくる。


「おじさん。酔っ払ってるから、手綱を離しちゃうんだよ」


夜の街に似合わない、優しい子供の声に男は振り返った。姿を確認すると顔を顰めた。


「あぁ~? 何だその格好は。餓鬼が、舐めた真似すると……」


ゆらりとこちらに手を伸ばす間に、少年は仮面を取った。

そこには暗闇の中に、2つの赤い光があった。

ロランの両眼だ。


「止まれ」

「うっ?」


男は金縛りにあったように硬直する。


「財布を出して」

「うぅ……」


ロランは財布を受け取ると、中を見た。


「結構持ってるね。船に乗れちゃうや」


拍子抜けすると、改めて男の目を見る。


「動物を虐めるな。二度とするな」

「う、は、はい……」


ロランは仮面を被ると、財布を懐に入れて港に向かった。


「あっさり船代を稼いじゃったな。朝までかかると思ってたのに」


そう気を抜いた途端に、ロランの肩に思い切り、青年がぶつかっていた。


「いってぇ~、てめぇ、どこ見て歩いてんだよ」


見たところ、5歳ほど年上の不良だ。

それを合図に、わらわらと街の角から、全部で5人ほどの不良が現れた。


「チッ、餓鬼じゃん」

「でも多分、貴族だぜ」

「夜中にお坊ちゃま君の家出か?」


目まぐるしく台詞が巡る。

城に引きこもっていたら知りようのなかった、街の犯罪の数とバリエーションにロランは純粋に驚いていた。


「やれやれ、平和な世界は遠いな」

「何だコイツ」

「はい、お財布出して。君も、君も、君も」


全員から財布を貰うと、中だけ回収する。


「若いのに結構持ってる……犯罪で得たお金か。君たち、もうカツアゲは禁止ね」

『は、はい……』


声の揃った返事を聞くと、ロランはお札をマントの懐にねじ込み、去っていった。



 ♢ ♢ ♢



徒歩で長い時間をかけて港に向かって歩いていくと、だんだんと潮風の香りを感じた。

家族と旅行で船に乗った事はあるけれど、一人で、しかも生まれ育った街を出るために乗船するのは、未知の感覚だった。


港に着く頃には、空は暁となり、海は黄金色に輝いていた。


「アレキサンダーの出航に相応しい、黄金の朝だ」


物語の一節を暗唱して、仮面を取った。

瞳は色濃く紫に輝いている。


アレキサンダーは今ここで生まれて、海の向こうの未来を見つめていた。



おわり

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