22 ガロと一緒に
レオの絶叫と、ガロが呑気に後ろを振り返るのは、ほぼ同時だった。
「ん?」
ガロがあの山羊のように食われる未来が見えて、レオは硬直した。
「魔獣め」
魔獣を見たガロはムッとして指を空に向けると、魔獣を指した。その瞬間、轟音が鳴って、空から一直線にビームが放たれ、魔獣の脳天を突き刺した。
ドーーン! ピシャーーッ!
いや、ビームではなくて雷だ! とレオが認識した時には、辺りが真っ白に発光し、魔獣がゆっくりと、後ろに向かって倒れていった。
ズーーーン。
重量のある物体が岩に落ちる音がして、ガラガラ、という音と共に、さらに崖の下に落下していった。
「ひ、ひえぇ……」
硬直したままのレオの隣で、アレキは岩を登って、ガロに手を振った。
「よぉ。相変わらずの威力だな」
「まったく。魔獣の奴め、でかい図体で俺の縄張りに入りやがって」
ガロは憮然とした後、満面の笑みでアレキサンダーに駆け寄り、力いっぱい抱きしめた。
「会いたかったぜ! 友よ!」
レオはキーンという雷の耳鳴りに支配されたまま、岩影から顔だけ出していた。
♢ ♢ ♢
ガロの邸宅は奇妙だった。彼方此方に自作の看板や絵が飾られているが、どれもガビガビの線の変な絵で不気味だ。自作のアートに混ざって、高価な絵画が所狭しと置かれている。
ガロがキッチンでお茶を煎れている間、レオは未だ茫然としたまま室内を見回していた。
「レオ君。耳鳴りは大丈夫かい?」
「はい……ガロさんて……能力者?」
「うん。雷使いだよ。じゃないと、こんな危険な頂に住めないよ」
「あんな凄い雷が指から出るなんて……」
「指から出てる訳じゃない。空に帯電する雷を、指先に下ろしてるのさ」
どちらにせよダイナミックな能力に、レオは度肝を抜かれていた。
「お待たせ~」
ガロがお茶を持って、上機嫌でテーブルにやって来た。
「まさかアレキに息子がいたなんてなぁ」
ガロはニコニコと、レオを見下ろしている。
レオはこんな山の頂に住むのは、仙人のようなお爺ちゃんだろうと思っていたが、ガロの歳はアレキより少し上くらいで、体が大きく頑丈そうだった。派手なニット帽を被り、継ぎ接ぎのようなヘンテコな服を着ている。街にいたら相当目立つような、浮世離れした風貌だ。
「あの、僕は息子ではなくて、弟子です」
「あ、そうなの? やっぱり。アレキの息子にしては、ちゃんとしてるもんね」
ガロは席に着くと、マジマジとレオを見つめている。
「アレキにいったい、何を学んでるんだい? こんな変人の弟子になって、大丈夫かい?」
困惑するレオの隣で、アレキはお茶を啜りながらムッとしている。
「失礼だな~。君みたいなド変人に言われたくないよ」
「君の方が変人だよ! 怪しい仕事をして、怪しい目をしてさ!」
ガロはまるで子供のような大人なので、レオは可笑しくなっていた。
「あの、お二人はお友達なんですか?」
「客だよ」と「友達だよ」が被る。
「アレキ! 酷いな君は。僕達友達じゃないか!」
「俺は画廊から君を紹介してもらって、何度か絵を売っただけじゃないか」
「この頂に来てくれる人は、数少ない友達なんだぞ!」
ガロの言葉に、レオはすっかり忘れていたベイツを思い出していた。
「あの、ベイツさんも途中まで一緒だったんです」
「ああ、あの子? 魔獣の居場所がわかるみたいだから、たまに食料を運んでもらってるんだ」
「山羊が逃げてしまったようでした」
アレキはガロを指して、抗議する。
「ガロ。君は以前、この山に魔獣はいないと言ってたじゃないか。俺たちの山羊も食われて、酷い目に合ったんだぞ」
「昔はいなかったんだよ。だけど最近、近くで魔獣が増えたみたいで、ここにも出るようになったんだ」
「ったく、散々だよ」
「まぁまぁ、美味しいおやつを持ってくるから、機嫌を直してよ」
ガロは子供のように楽しげに走って、キッチンに向かった。
アレキはガロが去ったのを確認して、レオに指示をする。
「レオ君、今のうちに絵を出しておいて」
「はい!」
宿で梱包した3枚の絵を、レオが異次元の扉から出した直後に、ガロがおやつのパウンドケーキを持って戻って来た。
「あ! 絵が3枚もある!? こんなに大きな額を、どうやって運んだんだい!?」
そしてレオを見て、意味ありげに微笑んだ。何かがバレている気がして、レオは苦笑いをして目を逸らした。
ガロは好みの画家の作品に満足して夢中で絵を鑑賞すると、アレキに大金の小切手を渡し、商談はあっさりとまとまった。
「さすがアレキサンダー 。この作家の絵の入手は難しいんだ。君はいつも、僕が求めるアートを持って来てくれるね」
しみじみと裸像を鑑賞する中で、ドアがノックされた。
ガロがドアを開けると、そこにはベイツが立っていた。気まずそうに、室内を覗いている。
「ガロさん……魔獣はどこに?」
「雷に打たれて、滑落しちゃったよ」
「皆さん、ご無事で良かったです。あの、山羊が逃げてしまって……」
「ああ、仕方ない。運賃を払うから、また次回も頼むよ」
ガロは気前良く小切手を切ると、ベイツはアレキとレオにも頭を下げて、帰って行った。
「師匠。ベイツさんは何故、自分の能力を偽っていたのでしょう」
「能力者は自身の能力を誇張して威嚇したり、過小に見せて相手を油断させたり、駆け引きする奴が多いんだ。若い頃はとくに、破壊力がある力が格好いいと思いがちだね」
「温度が見える力も充分、強力なのに」
「戦わずに事前に逃げられるというのは、ある意味最強だよな」
アレキはジャケットを着ると、リュックを背負って、立ち上がった。レオも慌てて帰り支度をすると、玄関からガロ慌ててが駆け寄って来た。
「えぇ!? 帰っちゃうの!? 嘘でしょ!?」
「嘘じゃないよ。ガロの山羊を貸して」
「ちょっとアレキ! 久しぶりに会ったのに冷たすぎるよ! 一晩くらい泊まっても、いいだろ!?」
「え~?」
レオもガロの言う通り、アレキはガロに対して素っ気なく、友好的なガロが気の毒に感じていた。ガロは必死で止めようと、レオを気遣う。
「レオ君だって、疲れてるよね!? 明け方から休まず登って来たんだからさ! アレキは酷い奴だよ!」
レオは戸惑って、アレキを見上げた。
「確かにちょっと、疲れたかも。殆ど眠っていませんし……」
「うーん。じゃあ、一晩休もうか?」
ガロはパァッ、と笑顔を輝かせて、腕を捲った。
「よ~し、レオ君が元気になるように、料理の腕を奮っちゃうからね! そうと決まったら、魚釣りだ!」
言いながら釣具も持たずに家を出ようとするガロを、レオは追いかけた。頂での生活と、子供のように純粋な性格のガロをもっと知りたいという気持ちになっていた。
「僕も釣りを見たいです!」
「ほんと!? じゃあ、一緒に行こう!」
ガロはレオを軽々と持ち上げると、肩に乗せて肩車にした。
アレキが慌てて立ち上がる。
「ちょっと! レオ君を危ない目に合わせないでよ!?」
「ムフフ、アレキは過保護だね~」
戸棚から瓶を出すと、テーブルに置いた。
「君はこれでも飲んで、待っててよ」
良いワインを出されて、アレキは渋々と座り直した。
「師匠。僕は見学するだけですから、心配しないでください。行って来ますね」
ガロとレオは楽しげに、家を出て行った。
♢ ♢ ♢
ガロは家を出ると口笛を鳴らして、森の中から山羊を呼んだ。
レオを前に乗せると頂を降りて、川にやって来た。青々とした空を映す川は透明で、水しぶきを上げて岩場を流れている。
「わ~、こんなに透き通った川があるんですね」
「都会にはこんなの無いでしょ? 山には美しい物がいっぱいあるよ」
レオが靴を脱いで川に脚を浸して遊んでいるうちに、ガロは大きな石で流れを堰き止めている。
「レオ君、おいで!」
レオが駆け寄るとヒョイと抱き上げて、ガロは天に向かって指を差した。
「ドーン!」
ガロの掛け声と共にピシャーーッと雷が川に落ちて、魚がぷかぁ、と浮かんできた。
「うわぁ、釣りっていうか、電気ショックですね」
レオは目を丸くして、大きな魚が何匹も浮いている川を凝視した。
「これは今日の夕飯と、残りは干物にして、しばらくの食料になるのさ」
ガロは山羊に乗せていた網袋に大量の魚を入れて、堰き止めた石をどけた。
山羊に乗って今度は崖の上に登ると、ガロとレオは腹這いになって崖下を覗いた。
「レオ君、あの草原を見てご覧」
「あっ、野生の鹿……」
「ドーン!」
ガロの雷が巨大な鹿に当たって、地面を揺らした後に巨大な鹿は倒れた。あんぐりと口を開けるレオを、ガロは笑っている。
「これは1ヶ月分の食料だよ。狩りをした事はあるかい?」
あまりの迫力に無言で首を振るレオの頭を、ガロは撫でる。
「今日は美味しい鹿肉をご馳走するからね!」
それから森に戻って、コケモモや木苺が鈴なりの草むらで沢山の果物を採った。
ガロとレオは芝生に座って、甘酸っぱい苺を食べながら休憩をした。
レオがガロを見上げると、ガロも優しい瞳でレオを見下ろしている。
「ねぇ、レオ君て能力者なんでしょう?」
「え? えと……」
「アレキが能力者じゃない子供を、弟子にするわけないもん」
ご尤もな見解に、レオはぎこちなく頷く。
「ねぇ、何の能力なの?」
「あの、それは……秘密です」
ガロはムフフ、と笑う。
「アレキも教えてくれないんだ。秘密主義だな~」
「あはは……」
「でも、僕には何となくわかるんだよ。アレキは人を騙す力。そうでしょ?」
レオはガロの他者の力を透視する感覚に驚く。雷の能力とは別に、特別な感性を持っているようだった。
「ガロさんは、他者の能力がわかるんですか?」
「わかるっていうかね、その人の後ろに、絵が浮かぶんだ。アレキと初めて会った時、彼の後ろには真っ赤な恒星が現れたんだよ。凄いエネルギーを持った、怖い星さ」
レオはアレキの洗脳術の時に光る、赤い目の事だとわかった。
ガロは嬉しさを噛み締めるように続ける。
「でもさ、どんなお金の交渉の時も、アレキは僕に能力を一度も使った事がないんだ。本当は僕の事なんか、簡単に騙せるはずなのにさ。いつだって、誠実に接してくれる。だから友達なんだよ」
ガロの嬉しさがレオにも伝わって、レオも笑顔になる。
「師匠はちょっと変な人だけど、悪い奴にしか能力を使わない、優しい人です」
ガロはうんうん、と頷いて、レオをじっと見つめている。
「君はとっても不思議な子だね。昼間なのに、君の後ろには夜空が見える。いや、宇宙のように深いのかもしれない」
2人は笑顔を交わして、優しい時間を過ごした。




