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20 頂の芸術家

 アレキとレオが降りた港には、殆ど人が降りなかった。


「あれ?」


 閑散とした港で、レオは周囲を見回す。

 一人で登山に来たらしい寡黙な男性達が数名いるだけで、家族連れや賑やかな団体は、そのまま船で先へ行ってしまった。


「ここは観光で登る山じゃないからね。寒々として、地味な山さ」


 アレキの言う通り、明るかった港街とうって変わって、山脈の麓は小さな町で、店も人も少なかった。ホテルは無く、地味な宿が屋根を連ねている。

 レオとアレキはコートを羽織っているが、山から吹き下ろす風は冷たく、吐く息が白くなった。


「さて、宿に入る前に、登山の装備を買わないとね」


 アレキはレオの手を引いて、町の商店を歩いた。どこもロープや斧、テントにブーツと、登山の道具屋ばかりだ。それでも、山登りをしたことが無いレオには新鮮で、店の中の道具にも興味津々だった。


「師匠、これは何に使う道具です? 師匠、これもいるんじゃないですか?」


 レオの好奇心のままにレジに積んだ商品は、山のような数だった。

 店主が目を丸くしている。


「あんたら、こんなに買って、登山の初心者かい?」

「ええ、まぁ……」

「ここは初心者が、子供を連れて登るような山じゃないよ?」


 まるで非常識な親、という視線にアレキは苦笑いして、精算している。

 店主の前で、レオの異次元の扉に荷物を入れる訳にいかないので、バカでかい買い物袋を抱えて、宿に入った。


 これまた宿も渋く、木造で、暗くて薄ら寒い。レオはもう、山の冒険が始まっているような気持ちになって、ワクワクが高まっていた。


 案内された部屋は質素で、小さな暖炉とベッドが2つ。丸太で作ったようなテーブルと椅子があるだけだった。やたらと大きな鹿の角が飾ってある。


「僕、こういうの嫌いじゃないです!」


 レオはベッドの上に飛び乗って、嬉しそうに室内を見回した。


「そう。レオ君が楽しいならいいけどさ」


 アレキは荷ほどきして、テーブルに荷物を並べている。


「これ全部、レオ君持って行ける?」

「はい! お任せください」

「助かるわ~。毎回リュックが重いのが嫌だったんだよね。レオ君がいたら100万馬力だよ」


 レオは気分を良くして、アレキの並べる山道具を次々と掌に収納していった。


 登山用の服を着て鏡を見ると、アレキも自分も、登山家の親子のようだ。アウターにはファーを縁取ったフードが付いていて、動きやすく、登山靴も歩きやすい。貴族の高貴な服よりも身軽で、レオは気に入った。


「次は食料の買い出しに行って、お風呂に行こう」

「お風呂?」

「温泉があるんだよ。レオ君、入ったことある?」

「無いです!」

「大きな露天風呂だよ」


 レオにとっては全てが初めての体験で、露天風呂という魅力的なキーワードに胸が高鳴っていた。



 ♢ ♢ ♢



「ふわぁ……これが露天風呂……」


 食料の買い出しを終えて、アレキとレオは素っ裸で、露天風呂の前にいた。山を背景に大量の湯気の中、岩だらけの露天風呂には誰もいない。


「師匠、こんなに大きなお風呂が貸切ですよ」

「ああ。本当は混浴風呂だから、女の子がいたら良かったんだけどね」

「え!? 女の子と一緒に入っていいんですか?」

「混浴ってそういうもんだよ」


 レオはドギマギとしながら体を洗って、露天風呂に入った。


「はぁ~……」


 しばらく2人とも無言になる気持ち良さだった。ポケェ、と空に昇る湯気を眺めていると、脱衣所から誰かが一人、入って来た。レオはもしかして女性かもと思って焦るが、それは若い男性だった。


「あっ」


 あの船で能力の自慢をしていた、茶髪の若者だった。顔に傷があるので、すぐにわかった。

 体を洗って離れたところに入る若者に、アレキは挨拶をした。


「こんばんは」

「あ、ども……」


 それっきり3人は無言のまま、完全にのぼせたレオを連れて、アレキは露天風呂を上がった。


 宿に帰る道中、レオはゴキュゴキュと喉を鳴らして、水を飲んでいる。


「ぷはぁ、気持ち良すぎてのぼせました」

「女の子は来なかったね」

「師匠はエッチですね……さっきの若い男性は、能力者なんですよ」

「何で知ってるの?」

「船で盗み聞きしたんです。魔獣を倒せるって」

「へ~。ほんとかなぁ」

「僕達が登る山に、魔獣は出るんですか?」

「今まで聞いた事ないけど、山とか森とか、人里離れた場所には出てもおかしくないからな」


 レオはいよいよ冒険らしい展開に、気合が入っていた。



 宿に戻ると、アレキはメモ帳を開いて考え込んでいる。


「これと、これかな……」


 レオが覗き込むと、メモにはビッシリと名前と題字が書いてあった。


「これって……」

「レオ君がヴァドの館で盗んだ、絵画の一覧だよ」

「盗んだって、人聞き悪いですけど……」


 絵画一枚に数億ジェムの価値があるのを思い出して、レオは落ち着かない気持ちになった。


「俺たちが明日、登山して目指す頂には、ガロっていう芸術家が住んでるんだ」

「へえ~」

「奴は大金持ちのくせに、一人で山頂に住む変人でね。お気に入りの画家の絵はどの画廊や客よりも、高額で買ってくれるんだ」

「それじゃあ、僕が持っている絵画をその人に売るんですね?」

「ああ。レオ君、どんな絵を仕舞ったか、覚えてる?」

「画家の名前は分かりませんが、どんな絵か言ってもらえれば出せます」

「暗い青と緑の、湖の絵。裸の女性がこう、いやらしいポーズしてるやつだよ」


 レオは記憶を辿って目を瞑ると、壁に向かって掌を向けて、異次元の扉を現した。ゆっくりと縦にスライドして絵が現れて、アレキが受け取り、壁に立てかけた。


「いやらしいポーズっていうか、綺麗で芸術的じゃないですか」

「それから金髪のお姉さんのおっぱいが、片方だけ出てるやつ」

「……」


 レオは赤面して次の絵を出すと、確かにアレキが言う通りの絵が出てきた。


「そんで男と女が花園で絡んでる、エッチなやつ」

「もう……」


 確かにその通りの絵が出てきた。


「師匠の絵の感想は、ひねくれてます。芸術作品ですよ?」

「だってガロは、いっつも裸体の絵ばかり買うんだよ。山頂で欲求不満なんだ、きっと」


 アレキは購入したロープと布で絵画を包んで縛ると、再びレオに仕舞ってもらう。


「何故、わざわざ梱包するんです?」

「絵画を素のまま山頂に持っていくのは、不自然だろ? レオ君の能力はガロに隠したいからな」

「そっか」

「さて、明日の出発は早いから、早めに寝るよ」


 アレキがベッドに行って布団に入ると、レオも続いてアレキのベッドに入った。


「レオ君。自分のベッドあるのに、使わないの?」

「だって、寒いですもん」

「甘えん坊だなぁ~」

「違いますってば!」


 ムキになるレオを抱えてアレキは笑い、2人は隙間風が吹く宿の中で、互いの温度の中で眠りに落ちた。



 ♢ ♢ ♢



 翌朝。

 登山道の手前の牧草地で、レオは天を見上げて仰け反った。目前には、立派な角を持った大きな山羊が草をはんでいる。


「師匠、山羊に乗って山を登るのですか?」

「ああ。ここは登山道も無い断崖だらけの山だから、クライマーじゃないと、人間が徒歩で登るのは難しいよ」


 手ぶらじゃ怪しいので、アレキは空のリュックをフェイクで背負って山羊に乗り、レオを自分の手前に乗せた。


「俺、これ苦手なんだよね。跳ねるから」

「僕は山羊に乗るの初めてです」


 手綱を持って登山口に向かうと、最初は道があったものの、だんだんと獣道のようになって、すぐに岩だらけの坂道となった。確かに、山道が殆ど存在しない。深い森と険しい岩からなる山は、とても人が住むような穏やかさが無く、アレキのいう通り、頂に住む芸術家のガロは余程の変わり者だとわかる。


 山羊は険しい岩場もピョンピョンとジャンプして、軽々と登ってしまう。レオは大変な道中であろうと覚悟していたのに、楽ちんさに拍子抜けしていた。

 あっという間に山は町を見下ろして、低山が連なる景色が広がった。


「わぁ~、凄い景色だ。こんなに高い所まで来たんですね」


 アレキは一旦山羊を降りて、レオを下ろした。


「休憩してお昼を食べよう。ケツが痛いわ~」


 確かに山羊の登山は楽だが、跳ねる分、お尻が痛くなる。2人は山羊を連れて、森の木陰に入った。


 草地にレジャーシートを敷くと、レオは異次元の扉から次々とお皿を出した。

 アレキが船酔いで食べられなかった船のビュッフェのスープ、サンドイッチ、オムレツ、チキンの香味焼き、サラダなどが皿に乗って出てくる。


「おわ~、レオ君! 山なのに、ホテルみたいじゃないか!」


 アレキははしゃいで皿を受け取った。登山の途中とは思えないメニューがラグの上に並んで、レオは得意げに温かい紅茶を淹れた。


「食料は豊富に用意してありますから、ご安心ください」

「いつも山では干し肉とか固いパンとか、携帯食ばっかだったんだ。これなら登山も悪くないよ。レオ君はできる子だな~」


 頭を撫でられるレオもご満悦で、登山はまるでピクニックのように平和だった。


 だが、食事を終えて再び山羊に乗る頃に、ポツリと雨が落ちてきて、雲行きが変わった。


「雨です」

「ああ。山の天気は変わりやすいから、雨はたびたび降るんだ。フードを被って、濡れないようにね」


 2人は雨避けの大きな布をすっぽり被って、降り頻る雨の中、登山を続けた。景色は霧で見えなくなって、山羊の勘だけを頼りに、岩場を登っていく。レオはだんだんと、視界の悪さにスリルを感じていた。まだ日は落ちていないが、間近の景色しか見えない。


「雨が強くなってきたな。今日は途中でビバークするか」

「テントを張るんですか!?」

「レオ君、楽しそうだね」


 アレキは冒険を楽しむレオとの温度差に苦笑いして、泊まれそうな場所を探すが、濃霧が酷く、視界は悪くなる一方だった。レオは布を被ってアレキの後を歩きながら、周辺を見回していた。歩いていたアレキは急に立ち止まって、レオは背中にぶつかった。


「師匠、急に何です?」


 アレキの背中から緊張を感じて、レオは背中から前方に視界を移した。


 濃霧の向こうにうっすら見える大きな山が、上下、左右、と不気味に蠢いていた。それはまるで、天変地異のようなダイナミックな現象だった。

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