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17 秘密のペット

 アレキは宿で、ラフな服から貴族用の服に着替えている。

 鼻歌を歌いながら派手すぎない帽子を被ると、鞄を持って宿を出た。手配していた馬車に乗ると、宿から離れた高級住宅街に向かった。


 港街でもより絶景が望めるという、高級住宅街の丘の一角に、大きな屋敷がある。門のベルを鳴らすとすぐに使用人がやって来て、中に通された。

 南国風の植物や噴水で飾られた美しい庭を通ると、ギラギラと光を放ちながら、館から人影が現れた。乱反射しているのはドレスや帽子に飾られた宝石で、光の中にはマダムの笑顔がある。


「アレキサンダー。久しぶりね」

「マダム・ローズ。相変わらずお美しい」


 手を取ってキスをする手の甲にも、レースと宝石が散りばめられている。マダム・ローズは真っ赤な唇で微笑む美熟女だが、年齢は不詳だ。


 アレキは庭のテラスのテーブルに1つずつ、小さなケースを置いた。赤、青、黄色、緑……どれも大粒の貴石で、それぞれが張り合うように輝いている。ローズはご馳走を前にしたように舌舐めずりをして、手前のルーペで宝石を覗き込んだ。


 赤の中には紫のグラデーションがかかり、青の中には雪の結晶のようなインクルージョンが存在する。黄色は中央がクリアでストライプ状のバイカラーになっていて、緑には森のように、神秘的なファントムがあった。

 ローズは宝石の中のミクロな世界に夢中になり、その隣にはお抱えの鑑定士が控えている。マダムが渡した宝石を確かめるように、鑑定士がルーペでチェックしている。


「素晴らしいわ。あなたが持ってくる石は芸術的で、いつも私を刺激する物ばかり……」

「ローズ様のお好きな石を探して旅をしていますからね」


 ローズは満足そうにため息を吐いて、ルースケースの殆どを、自分の前に引き寄せた。


「これと、これと。これも頂くわ。ああん、これもよ」


 欲望は止まらずに、結局全てのケースを抱きかかえていた。アレキの予想通り、今朝方レオに預けていた宝石を出してもらってチョイスした内容は、ローズの趣味のど真ん中だった。


 鑑定士の反対側にいる執事が小切手を切って、商談はアッサリと終わった。宝石を売るならここ、というほどに高額な支払いをしてくれるローズは、船に乗って会いに来るだけの価値があった。


「ねぇ、アレキサンダー。時間はあるかしら? あなたに是非見てもらいたいものがあるのよ」

「おや? 何でしょう」


 ローズはニヤリと笑って、執事に申し付ける。


「あの子を連れて来て頂戴」


 しばらくすると館からガラガラと、車輪の付いた檻を執事が手押しで持って来た。それは動物を飼育するための檻で、遠くからクエ、キエ、と小さな鳴き声が聞こえる。


「これは……」


 目前に到着した檻の中を見て、アレキは思わず立ち上がる。中にいるのは小さなドラゴンのようだが、その鱗は全て宝石のように輝き、まるでルビーで作られた生物のようだった。蝙蝠のような羽も、鋭い爪を持つ脚も、赤いラメ状に輝いていた。

 ローズは驚いた顔のアレキを見上げて、満足そうに笑った。


「どお? まるで生きている宝石でしょう!?」

「こんな生き物は初めて見ました。信じられない」


 もっと近くに寄って観察しようとして、ローズは嗜める。


「檻に触ったら、指を千切られるわよ!」


 アレキはスー、と後ろに下がった。


「ほお~……危険な生き物ですね」

「コドラゴンの亜種で、とても珍しい生き物なの。宝石が好きな私に、商人が持って来たのよ。世界でも数匹しかいないらしいわ!」


 ローズはこの宝石のコドラゴンに、ゾッコンのようだった。


「アレキサンダー。あなただったら、エメラルド色のコドラゴンを見つけてくれるんじゃないかと思って。私はツガイで飼いたいのよ!」

「なるほど……ローズ様のためなら、世界を這ってでも探しますよ」

「見つけたら、私の元に持って来て頂戴!」


 アレキは言いたい事を全部飲み込んで、席を立った。

 上機嫌のローズに別れの挨拶をすると、帰りの馬車に乗り込んだ。



 宿に戻ると、既にレオが室内で待っていた。

 またナイフ投げの練習をしていたらしく、果物が穴だらけになっている。


「アレキ師匠! 待ってましたよ!」


 レオは騎乗訓練の話がしたくて、ウズウズしていた。

 初めて犬に乗り、犬は従順だったのと、上手に乗ってセイラに褒められのだと……次々と捲し立てて、着替えるアレキに付き纏っている。


「それで、猫は上級者向けだから、初心者の僕はまだ乗っちゃダメらしいです。あんなにマリンに乗ったのに!」

「へえ~。猫は気まぐれで、扱いが難しいと言うからね」

「それで、師匠はどこに行ってたんです?」


 明らかに商談の帰りの様子に、レオは好奇心が湧いていた。

 アレキは船長からお礼に貰ったシャンパンを開けて、穴だらけの果物を切って食べながら、今日の客マダム・ローズの話をした。レオは特に宝石のコドラゴンについて、興味津々だった。


「宝石でできたドラゴンなんて、本当にいるんですか?」

「いや~、あれは魔獣だね」

「魔獣?」

「人を喰らう凶暴な獣さ。魔獣同士を掛け合わせて珍しいデザインの個体を作り出して、商人が金持ち相手に売ってるんだろう」

「人を喰らうなんて、危ないじゃないですか」

「小型だから檻に入れて鑑賞してんだよ。魔獣は原則禁輸だから、秘密でね」


 おぉコワ、と震えてシャンパンを呷っている。


「悪い商売をする商人もいるんですね」

「ここは港街だから、違法な物も沢山流通するんだ」

「僕も宝石のコドラゴンを見たいです」

「レオ君はダメ~。食べられちゃうぞ」


 きゃはは、とふざけ合っているうちに、ドアがノックされた。

 アレキが出ると、ホテルマンがカードを手渡しする。


「こちら、アレキサンダー様に伝言です」


 アレキはカードの内容を見ると、ポッケにしまってチップを渡した。


「師匠。何の伝言です? 誰から?」

「ああ、さっきの客。渡し忘れた物があるらしい。ちょっと、出かけてくるよ」

「え~!? また? 夕食は?」

「ごめんね。好きな物をルームサービスで頼んでいいから」


 むくれるレオを置いて、アレキは着替え出した。上質なジャケットに、華美すぎないシャツ、ナチュラルにまとめた髪型。


「師匠。大人っぽくて格好いいですね」


 見送るレオの頬にキスをして、アレキは宿を出て行った。



 馬車に乗って、カードに書かれたレストランに到着すると、店員に案内されてテーブル席に着いた。既に対面の席には、ドレスアップして緊張気味に微笑む、セイラがいた。


「やあ。セイラさん。お誘いありがとう」

「あの……急に呼び出したりして、ごめんなさい。本当に来てくれるなんて」

「こんな素敵なお嬢さんのお誘いを、断る訳ないよ」


 セイラは真っ赤になって、周囲を見回している。


「レオ君は……」

「いい子でお留守番してるよ」


 改めて2人きりである事に、セイラの緊張は高まっているようだった。ぎこちなく水を飲んだり、微笑んでいる。


 緊張している割に、今日初めて会った生徒の保護者を食事に誘うという、あまりに突然の、大胆にも思えるセイラの行動にアレキは再び違和感を感じていたが、その理由が知りたくて、誘いに乗っていた。


 店員に料理を注文して、再びセイラに注目した。鼓動がこちらまで聞こえそうなほど薔薇色の頬をして、瞳が潤んでいた。斜め前のグラスを無意味に見つめている。


 ソムリエが来たのでテイスティングして、セイラが飲みやすいワインを選んで乾杯した。セイラは一連の流れを眺めるだけで、まるでアレキの動作を観察しているようだった。


「あの、レオ君は、騎乗も上手でした」

「訓練が楽しかったみたいで、舞い上がってたな」

「その……お兄様は」

「アレキでいいよ」

「アレキさんは……やっぱり、騎乗が苦手ですか?」

「うん。馬車が楽かな」

「ウフフ」


 セイラはその答えに嬉しそうに笑っている。

 食事が運ばれて、前菜、魚料理、肉料理、とコースが進むうちにセイラの緊張も溶けてきて、会話はスムーズになっていた。どこで生まれ、どこで育ち、どこを旅して、何が好きか。質問責めだった。アレキは適当に嘘を織り混ぜながら、軽快に会話をした。セイラは楽しくなってきたのか、ワインをハイペースで呑んでいる。


 薔薇色の頬が酔っ払いの色に染まる頃、セイラの潤んだ瞳の焦点は、定まらなくなっていた。


「ねぇ……何かわかりました?」

「え? 何が?」


 アレキはセイラが酔っている様子に、心配気味に笑う。

 コースはもうデザートだったが、セイラはまだワインを呷っている。


「嘘……ですよね? 話半分」


 アレキは固まって、デザートのスプーンを置いた。


「セイラさん、酔ってるね?」


 ふざけた口調で返すが、セイラの顔は真剣に思い詰めていて、アレキは焦り出した。


「生まれた場所も、名前も。嘘でしょ?」


 テーブルの空気が凍り付いて、アレキは衝撃を受けていた。

 どこかで会った事がある? 自分を知っている?

 脳が高速で回転して過去に出会った女性の顔を炙り出すが、記憶は答えをくれない。


「えっと……嘘じゃ無いよ? どうしてそう思うの?」


 セイラはジッと、アレキの目を見ている。涙目になっていた。


「酷い。私の事、本当に覚えてないんだ」

「ちょ、ちょっと待って、人違いじゃないかな? 俺はセイラさんと、初めて会ったと思うけど……」


 セイラは大きな瞳に亜麻色の髪が艶やかで、印象に残るはずの美人だ。会った事があるなら、自分が覚えてないのは不自然な現象だった。


「んうう……」


 セイラは突然テーブルに突っ伏した。アレキは慌てて肩に手を置く。


「大丈夫? 完全に酔っちゃったね」

「目が回る……」

「家に送るよ。立てる?」


 会計を済ませて、ヨロヨロと立ち上がるセイラを支えて馬車に乗った。セイラは酔い潰れて、アレキに寄りかかっている。緊張を紛らわすためにワインを呑み過ぎていた。


 アレキは話の続きが気になって仕方なかったが、会話を続けられそうも無いので、家の場所だけ聞き出して馬車を走らせた。


 揺れる馬車の中で、セイラは虚ろな状態で目を瞑ったまま呟いていた。


「ロラン君……」


 それはアレキサンダーが4年ぶりに聞いた、自分の本名だった。

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