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前置きなしの同居生活 3


「あれ? 助けた後、どこかに行ってしまったと思っていたのに、馬車に紛れ込んでいたのかしら」

「――――気配を感じなかったが」


 子猫を抱き上げると、もう一度「ミュー」とうれしそうに鳴いた。

 全体的に白くて、シグナス様みたいな色合いの子猫。

 瞳の色が水色で、所々銀色の毛が混ざっている。


「親猫は、いないのでしょうか」

「……まあ、あんな所に一匹でいたんだ。いないのだろうな」

「そう……。猫用のミルク、手に入りますかね……」

「まさか、飼う気か?」


 抱っこしたまま、シグナス様を見上げる。

 モフモフのシグナス様と、小さくてかわいい子猫が一緒にお昼寝……。

 それを見つめる私。幸せ空間。


「はぁ……。魔獣を研究している知り合いがいる。おそらく、幼い魔獣用のミルクであれば、子猫も飲めるだろう」

「……魔獣用ですか」

「猫も魔獣も、根本は変わるまい」

「そうですか?」

「ああ……」


 視線を窓の方に向けたシグナス様につられて、私も窓の外を眺める。


 小さな窓から見えるのは、色とりどりの花が咲き誇る庭園。

 この部屋から見える庭は、私のお気に入りだ。

 ……シグナス様も、気に入ってくれたなら、うれしい。


「……一つ聞いてもいいか?」

「どうしたんですか、あらたまって」

「どうして、リーナは王都に残った」

「え?」


 確かに、王都はすでに魔獣に囲まれて、陥落してもおかしくない状況だ。

 半年前、シグナス様が姿を消してから、徐々に劣勢に追い込まれ、今は騎士団の総力戦でなんとか均衡を保っているという。


 王都を離れた人たちも多い。

 だから、病気療養の母について行くという選択肢もあったし、両親もそれを望んだ。


 ――――私が、王都に残った理由なんて、一つしかない。


「……シグナス様が、帰ってくるかもしれないじゃないですか」


 部屋の中から、急に音が消えてしまったようだ。

 言わなければ、よかったのかもしれない。

 でも、そんなことを考える前に、答えは口から出てしまったから。


「……俺を、待っていた?」


 俯いていた顔を、勢いよく上げて、シグナス様を見る。

 シグナス様は、瞳を大きく開いてこちらを見ていた。

 縦に開いていたはずの瞳孔が、まん丸になっている。


 そして、この後に続く言葉は、ある程度予想が付いている。

 きっと、シグナス様は、王都に残るなんて危険なことをするな……と。


「王都に残るなんて、危険なことを……」


 ほら、この後に続く言葉はきっと……。待っていた私への拒絶に違いない。


「……俺を待っていたなんて」

「え……?」


 ふんわりと包み込まれるように、柔らかい毛の中に閉じ込められた。

 ……抱きしめられている。どうして?


「……本当に、おろかだな、君は」


 言葉と、行動がどこか一致していないシグナス様。

 口では厳しいことを言っていても、シグナス様は過保護で優しい。

 婚約者だから、そうしてくれているのだとしても。


「シグナス様」


 頬に添えられたムニツとした感触。そして、肉球周囲のふわふわ。


「リーナが、俺を待っていてくれたことが……」

「ミューッ!」

「…………」

「……シグナス様?」

「…………戦う力もないのに、王都に残るなんて。選択は自分の力量を考慮しろ。リーナ・スプリング」


 あれ? 先ほど言おうとしていた言葉の続きには、思えませんよ?


 けれど、全身でお腹がすいたと表現している子猫を前に、会話はすでに中断してしまった。

 ペンを握れないシグナス様の代わりに、子猫のミルクを分けてほしいと手紙を書いた。

 シグナス様が魔法を掛けると、封蝋を押された手紙に、氷で出来た小さな羽が生える。

 手紙は、羽をキラキラさせながら、少し開けた窓から飛び立っていった。


「うわぁ……!」

「……君にも送ったことがあるはずだが?」

「え?」

「……え?」


 私……。シグナス様から、お手紙もらったことないです。

 もしかして、ほかのご令嬢と間違っていませんか?


 ジトリとした目線を向けてしまった私に、幸いにも何か考え込んでしまったシグナス様は気がつかなかったらしい。


「……とりあえず、食事を作りますから、そこのソファーで休んでいてください」

「この手では手伝えないな。……すまない」

「シグナス様、私、お料理するの好きなんですよ。ただ、豪華な料理は期待しないでくださいね」

「――――期待している」


 もう。期待しないでと言っているのに……。

 シグナス様が、ソファーに座ったのを見届けて、私は厨房へと向かったのだった。

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