前置きなしの同居生活 2
馬車は、我が家の正面玄関についた。
玄関から、申し訳程度にある庭園は、それでもどこの貴族の庭園にも負けないくらい、花が咲き誇っている。
「久しぶりに来たが、あいかわらず素晴らしい庭だ。スプリング男爵夫人がいなくても、こんなに美しいとは。……リーナが世話をしているのか?」
「…………ええ」
「なんだ、今の間は」
「もちろんです!」
「逆に疑わしいぞ。リーナ・スプリング」
この庭園を以前にもシグナス様は、褒めてくれた。だから、一生懸命維持してきた。
その方法を言ったら、絶対シグナス様は、いい顔をしないとわかっている。
「……とりあえず、どんなふうに世話をしているのか、包み隠さず答えるように」
「……毎朝のお水に治癒魔法を少しばかり混ぜ込みました」
「そうか…………。君は、天才だな」
……褒められた? いや、皮肉よね。
「とりあえず、魔力を無駄に使うことは禁止する。約束できるな? リーナ」
「は、はい!」
「よし」
それだけつぶやくと、シグナス様はなぜか私をまるで荷物のように抱え上げた。
「えっ、あのっ!」
「とりあえず、中に入るぞ」
何回か、婚約者のお茶会で我が家に訪れたことのあるシグナス様は、どんどん中に入っていくと、応接間のソファーに私のことを下ろした。
そのまま、爪を出さずにふにふにと私の下まぶたの粘膜を確認する。
次に頬に触れ、最後に口の中をのぞき込まれた。
「あの……」
「黙って口を開けろ。……ん、問題ない、か」
魔力枯渇が時に命に関わることは、私もよくわかっている。
だから、ちゃんとセーブしているつもりで……。
「魔力枯渇症状はないのか? 全身の痛みは? 喉の赤みと粘膜の充血はなかったが……」
「シグナス様。十年間亜空間で戦い続けた伝説の魔術師が、晩年かかったという病ですよ?」
「伝説の魔術師と自分を比べるのはよせ。何かあったら」
そこまで言って、急にシグナス様は、黙り込んでしまった。
その理由は、きっと私たちの距離があまりに近いということ……よね。
鼻先が触れそうなほど近い。
目の前には、大きな大きな猫の顔。
どうしよう、こんなに可愛い生き物が、世界に存在していいものなのだろうか。
「……あまり見るな」
「見ていたのは、シグナス様です」
「そうだな……。あまり、心配をさせないでくれ」
「えっ?」
「ミューッ」
「それはいったい」
「ミューッ」
質問は、あまりに可愛らしい、子猫の鳴き声に遮られる。
私たちの間には、先ほど助けた子猫が、なぜかちょこんと座っていた。
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